小鳥商店
山田
第1話
崖の下に巨大な赤黒い花が咲いた。真ん中に横たわる少年からどくどくと花びらが広がる。
少年は、夜に差し掛かる空を見ながら、夕飯の時間も考えるとそろそろ帰らなきゃな。などと呑気に考えていた。
「飛び降りた感想は」
突如、思考を遮るように、ポニーテイルのくせっ毛の少女が視界に入ってきた。おそらく同年代であろう。まん丸の目は猫や猛禽類のように爛々としている。服装は七分袖に紺のハーフパンツ。いくら夏とはいえ、山の中でその格好はいささか寒そうである。
「わからない。でも、普通は痛いって思うんだろうなぁって」
そう答えると、
「まぁ、そう思う前に死んでるだろうね。そんなことより、ここ立ち入り禁止だから早く出るよ」
自分で聞いておいて‘そんなこと’とはひどい話である。彼女が親切にも少年へ手を差し伸べる。少年はありがたく手を伸ばそうとしたが、ベッタリと少年の腕と手を染め上げている真っ赤な、ついさっきまで体内を巡っていた’それ’が目に入った。
だめだ。
流石の少年もその手で、少女の手を掴むことは躊躇したが、そんな一連の少年のの推移を察した少女は、眉を逆の八の字にして、ムッと口を尖らせた。少女は問答無用と言うように乱暴に少年の手を掴み引っ張り上げた。
バサバサバサバサ
何かが落ちる音がした。立ち上がった(正確には立ち上がらされた)少年が振り返ると、そこには白い、羊を丸めたような何かが少年の血溜まりに転がっていた。それらは少年の血を吸っているようで、下から赤黒く染まっていく。自分の血液が得体の知れないものの養分となる。その光景をなんとも言えない気持ちで眺めていると、
「行くよ、道知らないでしょ」
と声がした。
駆け足で彼女に追いつくと、その後はお互いに一言もしゃべることなく、薄暗い森の中を進んだ。
——ていうか、立ち入り禁止区域になんでこの人がいるんだ。
そんなことも思ったが、あの状態の自分を見て、平然としている彼女も、どこかがおかしいんだろう。
それほど長い時間歩いていないのに、いつの間にか森は真っ暗になっていて、一寸先も見えなくなっていた。どうにか彼女の形だけを捉え、必死について行くと、ぼんやりと遠くから、オレンジ色の灯りが見えた。その灯りは徐々に大きくなるにつれ、輪郭、外装がはっきりしてきた。木造の平屋の建物のようで、見上げると屋根に乗っている看板に
小鳥商店
と達筆な筆文字で書かれていた。
「ただいまー」
ガラス戸を開けながら、彼女が声を上げた。
葵さん。お帰りなさい
奥から、微かに声が聞こえた。
「奈々さん、もう帰る頃だったよね、申し訳ないんだけど、残業お願いしてもいいかな」
彼女は外に突っ立ている少年にお前も入るんだというように乱暴に手招きをした。暗くてわからなかったが、彼女の髪色と目の色は瑠璃色で、右手はちょうど少年の手の形に真っ赤に染まっていた。一歩、店内に足を踏み入れると、暖かい空気が少年の体を包み込んだ。見渡すと、木製の棚に、消しゴム、定規などの文房具から、シャンプーや歯ブラシの日用品がずらりと、天井からぶら下がっているカゴには衣類や、ごちゃごちゃとした小物が乗っていた。昭和の商店のようだが、所々に異国情緒を感じられる不思議な空間だ。土間を改築したのだろうか、奥のカウンターの後ろには襖がある。ずっと暗い森にいたせいか、人工的な光が眩しい。
店の奥のカウンターには二十代ほどの茶髪ロングヘアの女性がいた。柔和な顔立ちで、あの少女より幾分か優しそうだ。おそらく従業員だろう。
「もちろん大丈夫ですよ」
「ありがとう。ほんとごめんねぇ。」
しかし、二人の年齢を考えると、どうも、このタメ口と敬語の関係に違和感がある。
「とりあえず、シャワー浴びてきて」
返事を待つ間も無く有無を言わせないその言葉と同時に店の奥の扉へと放り投げられた。
投げられた先は脱衣所だった。いったい、この店はどんな構造をしているのか。
シャワーを終え、鏡を見る。鏡の中の金色の吊り目と目を合わせる。
大丈夫、いつもの形だ。
脱衣所に戻ると、少年の制服は無くなっており、その代わりにTシャツと短パンとタオルが残されていた。
小鳥商店 山田 @mimotaro2516
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