第5話音が全て


シンは駆け足で廊下を走る。足音が重なり合い、床を叩く音が何度も響くが、今はそれが恐怖を呼び込む音であることを痛感していた。呼吸を抑え込み、なるべく音を立てないように心がける。しかし、どんなに注意しても、足元から、服が擦れる音、体が触れる音――それらすべてが、背後に迫る「ソレ」の耳に届いているのだ。


振り返りたくはない。しかし、足音が近づいてきているのが分かる。壁の向こうから、何かが這う音が聞こえる。それは、まるで薄い紙をひらひらと引きずるような、爬虫類が動き回る音に似ていた。


シンは気づいていた。あの音が「ソレ」の特徴的なものだと。それを感じる度に、背筋が寒くなり、無意識に走り出してしまう。


「くそ…!」


言葉にしようとした瞬間、また音を立ててしまった。その瞬間、背後で物が落ちる音がした。


ガタッ――。


シンの体が止まる。振り返りたくない。しかし、その音が、まるでシンを呼んでいるように思えた。


「もう……終わりか?」


手のひらに汗がにじむ。手に持っていた本を握りしめ、シンは壁に寄りかかって息を殺す。背中の筋肉が引きつる。呼吸が、ほんのわずかな音を立てているのではないかと、恐怖にかられている。


ソレの存在が、ただの化け物のように思えても、それだけではない。シンは感じていた。それは、まるで獲物を追うハンターのようなものだ。音を感知し、音を立てる者をその場で仕留める。恐ろしいのはその正体だ。


そして、もう一つ重要なこと――それは、シン自身がどこから来たのか、なぜこの館にいるのか、それが分からないということだ。


――もう、時間がない。


ふと、またその音が近づいてくる。あの「ソレ」の足音だ。


シンは再び、体を震わせながら壁に背を押し付けた。静寂を保ち、音を立てずにすべてを我慢する。もし、また音を立ててしまったら、今度こそ見つかってしまうだろう。


だが、それでもどこかで、冷静さを取り戻していた。


――「音を立てては行けない」と書かれていた本があった。


その内容を思い出しながら、シンは胸の奥で疑問を抱いていた。あの本が示唆していたこと。それが正しいならば、この館にはまだ何かが隠されている。ソレの正体だけではなく、館の仕組みや、シン自身がここに閉じ込められている理由が分かるはずだ。


しかし、時間がない。シンは無意識に呼吸を整え、再び歩き始める。立ち止まっているわけにはいかない。


背後から、あの音がまだ続いている。しかし、シンはその音に耳を傾けることなく、足を前に進めた。心の中で、冷静に次の手を考える。


そのとき、足元に何かがぶつかる感触があった。無意識に視線を向けると、そこにあったのは小さな木箱だった。


箱に触れると、その表面は意外にも温かく、手に馴染む感覚を覚えた。興味本位で蓋を開けると、中には古びた鍵が一つ、そして一枚のメモが挟まっていた。


シンは迷うことなく鍵を手に取った。何か意味があるのだろうか――そして、そのメモにはこう書かれていた。


「音に注意せよ。音を立てる者には罰が与えられる。」


それだけだった。


シンは鍵をしっかりと握りしめ、メモをポケットにしまう。鍵は、どこかの扉に合うものなのだろうか。それとも、別の謎を解くためのアイテムなのか――


シンは再び、歩き始めた。その足音だけが、館の中で響き渡る。


だが、ふと、何かが足元で動いた。シンはそれに気づき、すぐに身構えた。その音は、何かが這っている音だ。


――また、ソレか?


シンは動かず、その音が近づいてくるのを感じた。だが、そのとき、また目の前の壁に何かが映った。


薄暗い光の中で、壁に人影が映る。それは、シンの後ろにいるはずの「ソレ」の姿だった。


シンの心臓が、激しく打ち始める。

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恐怖の館 @dandyitakeneko

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