3.過去ログの分析

 翌日、ユイは朝早くから部室にやってきていた。

 部室はスタンプラリー同好会のメンバーにだけ公開され、彼女らは自由に出入りできる権限を持つ。部室のアーカイブには、過去の試合のログも残されており、ユイの目的はその閲覧だった。


 これまでファンとして試合を外から観戦する側だったユイは、これから当事者として競技に参加することになる。だからこそ、他チームの戦力分析は改めてしておいた方が良いとユイは考えていた。

 クラウン スフィアは動画サイトの各チームの公式チャンネルで試合の様子が配信されているが、それだけでは手に入らない情報もある。各チームの部室に残されたログには、昨日のような試合前のミーティングの議事録や、当日の作戦内容も試合後のレポートとして残されている。これらは表には出ない代物だ。


 いきなり全チームの情報を詰め込むわけにはいかないから、ひとまず今回のエキシビションマッチで初戦の相手となる天文部と奉仕部について、ユイは確認しておくことにした。


 すると、誰かが部室にやってきて、ユイは挨拶をしなければとさっと立ち上がった。やってきたのは黒髪のポニーテールの少女と、青色と橙色がグラデーションになったような色の長い髪の少女――調しらべとサフィレットだった。


「えっと、お疲れ様です……!」


 ユイが慌てて頭を下げると、二人は彼女を落ち着かせるように、席に着くよう促した。


「ああ、いいよ~。上下関係とか気にしないで、気楽にやってくれたら」


 ユイはスタンプラリー同好会の唯一の一年生。他のメンバーは全員上級生ということもあり、緊張してしまうのも仕方がなかった。それをわかっていたから、他のメンバーも彼女に肩の力を抜いて接してもらえるように気を回そうと努めているらしかった。


「ログ見てたの? 勉強熱心だね~」


「ああ、いえ……。お二人はどうされたんですか?」


「私たちも同じよ」


 そう言って、サフィレットと調がユイの両脇に座る。先輩たちの間に挟まれる形になって、ユイは一層緊張してしまうが、これは二人による荒療治のようなものだった。強引にでも距離を詰めて、否応なく心を開かせようと考えていたのだ。


「せっかくだから、幸鐘ゆきかねちゃんが何をどこまで知っているか、聞かせてもらおうかしら」


「いいねぇ。司令塔としては、そういうのもちゃんと把握しておかなきゃだし」


 ユイの意思など聞かぬままに、調はユイの手元の画面を操作して、天文部のデータベースにアクセスする。と言っても、他チームから閲覧できる情報は限られ、ミーティングの議事録のような機密データにアクセスすることはできない。


「天文部が昨シーズンの優勝チームなのは知ってるよね。マジで強いチームなんだけどさ、ここ。ユイちゃん的には、このチームが強いチームである所以は何だと思う?」


 いきなり少し難しい質問が来たとユイは思った。この質問への答え次第で、自分が調に戦力として期待されるかどうかが決まってしまいそうなほどの何かを含んだ質問だと感じた。だからユイは、少し真剣に考えて、自分なりの答えを告げる。


「やはり一番は、平均的に全員の能力が高いという点だと思います。天文部は元々チーム戦術をせずに個人技でポイントを稼ぐチームだと思っています。それは各個人の能力が高いからこそ為せるものだと思います。だからこそ、ポジションに限らず誰もがより多くのポイントを狙って動くというのが最も厄介なところだと思います」


「うん、いいね。よく全体が見えた回答だと思う。確かにその通り。全員が好き勝手やって、それで勝てちゃってるから質が悪いチームなんだよね。じゃあ、うちの戦力を考えたうえで、天文部に対して有効な戦術は何だと思う?」


 ユイの答えに一旦は満足した調は、続けて彼女に質問を投げかける。ユイも自分の考えが認められたことで少し安心し、次はそれほど時間がかからずに口を開くことができた。


「うちが得意とする奇襲を中心に相手チームをかき乱す作戦は、個人技の天文部相手には通用しない。であれば、単純各個撃破が望ましいと思います。絶対的な数の優位を取って、一対多数で確実に討伐していくのが地道ですけど有効だと思います」


 そのユイの答えに、サフィレットが苦笑する。答えとしては及第点ではあったが、妥協したようなユイの答えにそれ以外の回答を期待していたらしい彼女は、現実問題としてそれ以外の方法で天文部を打倒する方法がないのかもしれないと諦めかけていた。


「まあ、そうなるわよね。それに、個人技に任せっきりと言っても共闘をしないわけじゃないからね。特に後半、<竜殺しドラゴンスレイヤー>のレイと<戦乙女ワルキューレ>の紅姫あかひめが出てくる前に、どれだけ天文部の人数を減らしておけるか。それにかかってるわね」


「会長がどういうつもりかは知らないけど、天文部と当たる土曜日の試合にユイちゃんを自分と同じ<道化師フーリッシュ>にしたっていうのは、何か考えがあるんだとは思うよ。恐らくサフィーが言った通り、せめてフェーズⅡまでに相手のクラウンスフィアを奪い、二人くらい討伐できれば上出来……くらいは考えてるんじゃないかな。そのために、ユイちゃんの力が必要だって」


 それを聞いて、ユイは昨日のことを思い返していた。自分がリラに強い口調で尋ねた、“どうして<戦乙女>をやらないのか”という問い。それに対する答えが“チームのために”、“一つでも多く勝つために”だった。その言葉の意味が、今ようやくわかった気がした。


「私にそんな大役が務まるでしょうか……」


「こいつは大げさに言うけれど、さすがに会長もいきなりで大仕事を期待はしてないわよ。フェーズⅠの人数を増やす戦術が通用するかどうか、その確認程度だと軽く捉えておきなさい。もちろん、活躍してくれるならそれに越したことはないけれどね」


 それからはサフィレットと調と一緒に、ユイは過去のログを見ながら当時の試合の補足説明を受けていた。ユイもこれらの試合は当時 配信で観てはいたが、実際に戦場に出ている身でないとわからないこともある。

 それに、所詮はファンの目で観ていた試合だ。当事者となった今は当然、見るべき部分も変わってくる。先の調の問いは、それをユイに自覚させるには充分だったようで、ユイは何でも吸収しようと貪欲に知識を求めていた。


「ちなみに、奉仕部の対策は何だと思う?」


 調が何気なく聞くと、ユイは少し考えはしたが、すぐに答えに行き着いた。


白咲しらさきさんをいかに早く討伐するか、ですかね」


「惜しいね。討伐しなくても、殺せばいい・・・・・んだよ」


 ユイが何が違うのかと聞けば、サフィレットが教えてくれた。


「あいつの討伐は至難の業よ。うちの会長を討伐するのと同じくらい。実際、毎シーズンで最優秀生存数の座をあの二人が取り合ってるくらいだし。あいつをフリーにさせておくと何されるかわかったもんじゃないから、あいつの行動を縛っておけばいいの。仲間の援護に向かわせるとか、<竜殺しドラゴンスレイヤー>の救援に向かわせるとか、陣地を守らせるとか。とにかく自由にさせない。そうすれば少なくとも、エース級の活躍をされることはない」


「まあ、奉仕部も後半に強いチームだから、今回の組み合わせは後半組は地獄だね」


 他人事のように笑ってみせる調に、サフィレットは呆れたようにため息を吐いた。


「そうならないようどうにかするのが、あんたたち前半組の役目でしょうが」


 ユイも他人事ではなくて、自分が何か結果を残さなければ、貢献しなければ、試合に勝つことはできないのだと感じていた。この人たちに失望されてしまうような、無様な結果だけは避けたい。そのためには、試合前に自分にできることは何でもしておかなくちゃと気合を入れたのだった。

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クラウン スフィア ― Crown Sphere ― taikist @_Rubia

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