第82話 緊急出動

 ディーアの話によると、ウェアウルフの里からの使者が助けを求めてギルド・ピオニールに駆け込んできたらしい。


 これまでもベルグバルト大連山から凶獣が降りてきているという情報は頻繁に出ていたが、今回はそれらの比ではなく、とんでもない量の大型凶獣が群れをなしているのだという。


「その使者はウィルド王城にも報告に向かったので、じきに王家から〝凶獣スタンピード警報〟が発令されるでしょう」


「その警報が発令されると、どうなるのですか?」


 ベントが訊くと、ディーアは顔をいっそう青くした。


「各地のギルド勇士たちは所属領内の守護に当たらなければなりません。でも、いままでの傾向からして凶獣たちは西方に流れています。ウェアウルフの里を素通りした凶獣が向かう先はエルフの里。エルフの里がある辺境伯領は、フレダムという小ギルドの管轄なんです」


 彼女の説明を要約すると、こうである。


 ウェアウルフの里は侯爵領でピオニールの管轄のため手厚く守られるが、そこで撃退された凶獣や素通りした凶獣は西方にあるエルフの里に流れてしまう。


 エルフの里を守る管轄はギルド・フレダムだが、弱小ギルドなので守護戦力として期待できない。


 そもそも辺境伯領にはシノロ村もあるので、フレダムの勇士はそちらの守備で手一杯になる。


 凶獣スタンピード警報が発令されればピオニール所属のディーアもホーリスも侯爵領内を守護しなければならなくなる。


 だから、そのまえに本来いちばん守護を必要とするエルフの里に一緒に来てほしいということである。


「みんなの動きはどのようになっている?」


 ホーリスが立ち上がって尋ねた。

 そのままギルドホームを出ていく勢いである。


「3つのグループに分かれて行動開始しています。ウェアウルフの里に向かうウォルグ組、大連山に近いアスファ村に向かうセルフィート組、ピオニールのギルドホームからウィルド王城までの広域を警戒するマスター組の3つです。私は特別にエルフの里に向かう許可をもらいました」


「なるほど、不在のボクを除外して組み立てているな。わかった。ボクもエルフの里に向かおう」


 ホーリスとディーアはうなずき合った。


 ディーアは先にホームを出ていった。


 ホーリスはテーブルの方に向き直り、頭を下げた。


「申し訳ない。せっかく招待してもらった食事会も半ばだが、緊急事態なので失礼させていただく」


 ホーリスが足早にホームを出ていこうとする。


 その彼女をアルチェが立ち上がって呼びとめた。


「待って! あたしも行く」


「アルチェ、キミは里を追放されたんじゃ……」


「ホーリスは里の周辺で戦うんでしょ? あたしもそうする。里のことは嫌いだけど、里には家族もいるから」


「わかった。行こう」


 ホーリスはアルチェにうなずいてみせると、ひと足先にホームを出ていった。


 アルチェは隣のベントに視線を落とした。


「ねえ、ベント君。ちょっと、お願いしてもいいかな……」


「私にも手伝ってほしい、ということですか?」


「うん。できれば、あの、オウギワシのコンロボとかで……」


 ベントは立ち上がった。


 アルチェを手招きしてギルドに併設されている研究室へと向かう。


「巨体で空を飛ぶオウギワシでは、森の中を駆けまわる凶獣たちに対処することはできません。でも、私もエルフの里を守るべく最善を尽くします」


 研究室に着くと、ベントはデスクの上に置いてあるものをアルチェに渡した。


 それはネックレスだった。

 金色の小さな四角い板が数珠つなぎになっている。


「これはおまもりです。身に着けていてください」


「おまもり? ベント君も意外とそういうの信じるんだね」


「いえ、それは科学技術に基づく装備品です。オカルト品ではありませんよ」


「あ、ごめんなさい。ありがとう」


 失礼を誤魔化すように愛想笑いを浮かべながら、アルチェは金のネックレスを首にかけた。


 現時点では特に変わった兆候はない。


「あの、これはどういう効果があるの?」


「いずれわかります。アルチェさんにとっては単なるおまもりなので、効果は気にしないでください」


 アルチェは首からさげたまま持ち上げてネックレスを観察した。


 外観は単なるネックレスなので、ベント以外が見ても効果はわからない。


 アルチェはあきらめるように手を離した。


「わかった。じゃあ先に行くね。ホーリスとディーアが待っているから」


「はい。私もあとから行きます」


 駆けていくアルチェをベントは見送った。


 入れ替わるようにリゼが入ってきた。


「おや、リゼさん。どうしました?」


「プログレスも警報に先んじて動くそうなので、お知らせしに来ました。マスターとクレムさんは街中を見回りに出て、フォルマンさんは北西のイレミア村に向かいました。私は留守番です」


 リゼは食事会の片づけもするのだろう。任せてしまって心苦しくはあるが、ベントにはやるべきことがある。


「私は自由に動いていいわけですね?」


「はい。アルチェさんのこと、お願いします」


「わかりました」


 リゼは頭を下げてから戻っていった。


 それを見送ったベントは、すぐにコンピューターに視線を落とした。


 環境管理のために研究室には振動計測器を設置しているが、今日の昼ごろにわずかに揺れた形跡がある。


 凶獣の大移動と関係があるのかもしれない。


 根本原因を解決しなければエルフの里に平穏が訪れることはない。


 ベントは脳内でベルグバルト大連山の調査を予定に組み込んだ。


 だが、目下の最優先事項はエルフの里への救援である。


 実のところ、ベントはこうなる事態を想定していた。

 そのために開発していたものもある。


 ただ、それはまだ完成していない。

 最終調整が必要な段階なのだ。


 ベントは足早に研究室をあとにした。

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