第83話 走れエルフ(アルチェSide)

 ギルド・プログレスからエルフの里があるケリーオ山まではかなりの距離がある。


 アルチェはエアバイク改を自動操縦で飛ばしながら仮眠を取った。


 浅い眠りから覚めると、遠くにそびえるベルグバルト大連山の山のから朝陽が顔を出した。

 陽の光は曇天に押さえつけられているかのように心もとなかった。


 隣にはアローゴに乗ったホーリスがいる。

 まっすぐの姿勢で目を閉じているが、寝ているのか瞑想しているのかわからない。


 ホーリスの向こう側にいるディーアは、アローゴの手綱から片手を離して眠そうな目をこすっていた。


「見えてきたな」


「はい」


 いつの間にか前方を見据えていたホーリスがつぶやいたので、ディーアが返事をした。


 前回、アルチェは山のふもとでエアバイク改を降りたが、今回は乗ったまま山に入った。


 里を追放されたいまとなっては、ほかのエルフたちに対して体裁を繕っても仕方がない。


「師匠、私はこのまま里内へ向かいます。師匠たちは里の周辺をお願いします」


「わかった。それじゃあ、ディーア、気をつけて」


 アルチェとディーアは言葉をかわさなかったが、黙ってうなずき合った。


 ディーアはアローゴで山の上方へと駆けていった。


 アルチェとホーリスは里の外周をなぞるように、エアバイク改とアローゴをそれぞれ走らせた。


「ガァアアッ!」


「グゴガアアァ!」


 どこからかふたつの雄叫びがとどろき、ふたりは止まってそれぞれの乗り物から降りた。


「この声、凶獣ティゲルと凶獣ベアルだ」


 ホーリスが瞬時に声の主を聞き分けた。


「争ってるのかな? 互いに潰し合ってくれたら助かるんだけど」


「聞いた限りだと、互いに威嚇しているようだ」


「つまり、ただの牽制で戦う気はないってこと?」


 ホーリスがうなずき、剣のつかに手をかけた。


 アルチェも弓と矢を手に持つ。


 ほどなくして、木の間から四足で走る凶獣ベアルが飛び出してきた。


「グゴガガガガアアアァァァ!」


 ふたりを見つけた凶獣ベアルはムクッと立ち上がると、両手を頭より高く上げて牙の隙間から粘度の高い唾液をまき散らした。


「ガァアアアアッ!」


 凶獣ティゲルの咆哮。

 それはアルチェとホーリスの背後から聞こえてきた。


 ふたりがいっせいに振り返ると、離れた位置で凶獣ティゲルが姿勢を低くしていた。

 鋭い眼光でふたりをにらみ、ジリジリとにじり寄ってくる。


「うわっ、挟まれてる!」


 アルチェは反射的にホーリスに視線を向けた。


 ホーリスは険しい顔をしている。


 しかしランク1stは伊達だてではない。即座に対応策を口にした。


「アルチェ、キミはどうにか凶獣ベアルの注意を引いてくれ。その間にボクが凶獣ティゲルを処理して、すぐに凶獣ベアルの相手もする」


「わかった!」


 アルチェは言うや、すぐに凶獣ベアルへと矢を放った。


 距離を詰められたら一巻の終わり。なすすべがなくなってしまう。

 近づかせてはならない。


「ゴガァッ!」


 アルチェが放った矢は凶獣ベアルの目尻をかすめた。

 左目を狙ったが、頭を傾けてかわされてしまった。


 アルチェは凶獣ベアルが怯んだ一瞬の隙に近くの木に登り、枝の上からふたたび弓に矢をつがえた。


 アルチェを見失った凶獣ベアルがホーリスの方に向かおうとしたので、すかさず矢を放つ。


 ――ビシュッ!


 今度は左目に命中した。


 だが仕留めるには至らず、荒れ狂った凶獣ベアルがアルチェのいる木に突進してきた。


 アルチェは軽い身のこなしで隣の木に飛び移ったが、凶獣ベアルはすかさずそっちにも体当たりして木を揺さぶった。


「わあっ!」


 アルチェはバランスを崩して木から落ちた。

 尻餅をついたところへ凶獣ベアルの影が覆いかぶさる。


「きゃっ!」


 アルチェが反射的に目を閉じる瞬間、銀色の光が走り抜けたのが見えた。


 閉じた目を恐る恐る開けると、仁王立ちした凶獣ベアルが仰向けに倒れるところだった。

 右目には大きな縦の切創が刻まれていた。


 凶獣ベアルの巨体がドシンと地を揺らしたとき、喉に亀裂が入り、そこから血がドバドバと流れ出た。


「ホーリス!」


「アルチェ、大丈夫か?」


 凶獣ベアルの向こう側まで抜けていたホーリスが、剣を鞘に戻しながら戻ってきた。そしてアルチェに手を伸ばす。


 ホーリスの手を取りながらうしろを見ると、凶獣ティゲルは横倒しになっていた。


「あたしは大丈夫。さすがだね、ホーリスは」


 アルチェは安堵の笑みをこぼすが、ホーリスの表情はこわばっていた。


「まだいる。それも、たくさん……」


 それはアルチェも感じた。

 地が揺れる。

 地響きがする。


 感覚の鋭いエルフでなくてもはっきりとわかるレベルだった。


「ワオオォン、ワオオオォン!」


 遠くで凶獣ドギーの遠吠えが聞こえたかと思うと、そこを目指すように凶獣ドギーの大群が走っていった。

 アルチェやホーリスには目もくれず、ケリーオ山の頂上に向かってひたすら駆けていく。


 それを見送るしかないふたりの頭上に影が落ちたり消えたりした。


 森の上空、生い茂る葉の隙間から見える空には、凶獣ビルダの大群が同じ方向に飛んでいた。


 シュルシュルと凶獣コンダが樹上を渡って横切ったかと思うと、凶獣ベアル、凶獣ティゲル、凶獣リノセロが何頭も立て続けに山を登っていった。


 あまりに壮絶な光景に、ふたりは呆然として立ち尽くした。


「あたし、行かなきゃ……。里を、守らなきゃ……」


 アルチェはポツリとつぶやき、自分の声に起こされたかのように体も動きを取り戻した。


 エアバイク改を探して周囲を見まわす。


「アルチェ、ボクも行く」


 アルチェはホーリスを見つめた。


 里内で起こることはすべて里の問題。部外者を立ち入らせてはならない。

 それがエルフの掟。

 そこにホーリスを巻き込むわけにはいかない。2回目ともなれば、なおさら……。


 しかし、剣聖ホーリスという戦力はあまりにも魅力的だった。


 この緊急事態なら甘えてもいいのではないか。


 アルチェは「いいの?」と訊こうとしたが、それすらも飲み込んだ。


 いまは建前上のやりとりをする時間すら惜しい。

 エルフの里が壊滅するまでのカウントダウンはもう始まっている。


「ありがとう! お願い!」


 ふたりはエアバイク改とアローゴを全速力で飛ばした。

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