第81話 急転の知らせ

「かんぱーい!」


 今日はホーリスを招待した食事会当日である。


 ギルド・プログレスのホーム内では、テーブルの上にプロトポリアで頼んだ豪勢な料理が並んでいた。

 それをプログレスの勇士全員にホーリスを加えた7名で囲っている。


 自己紹介も済んでおり、食事会はアルチェの音頭おんどによる乾杯とともに始まった。


「ホーリス、このまえはありがとね。それと里の人たちが恩知らずでごめん。さあ、食べて、食べて」


 アルチェは正面のホーリスに促しながら、自分もサラダを引き寄せて取り分けはじめた。


「あのときのことは気にしなくていい。ボクも気にしていない。ではお言葉に甘えて料理を頂くよ」


 ホーリスは手近な料理皿からバランスよく自分の取り皿に取っていく。


 ほかのみんなもそれぞれ好みの料理に手をつけていく。


「ときにホーリス殿。エメル殿は元気でおられるか?」


 から揚げに金属の長串を刺しながら尋ねたのはグイルだった。


「マスターですか? 元気どころか、しっかり現役です。お知り合いなのですか?」


「昔、世話になったことがある。俺をランク2ndまで育ててくれた恩人だ。彼がいなければ俺はいまここにいないだろう」


 グイルはから揚げを3つ刺した串を手にしたまま、感慨にふけるように虚空を見つめた。


 ホーリスも料理の上で手を止めている。


「わかります。マスターには先見の明があって、人の素養を見抜く力にけています。ピオニールのメンバーのほとんどが、マスターによって最適な戦闘スタイルを見出され、ランクも高水準に引き上げられました」


 その話を聞いて、フォルマンが骨付き肉から肉を噛み千切りながら唸った。


「なるほど。ピオニールのマスター殿は慧眼けいがんの士なのだな」


「そう。武器の適正を余すことなく見出すから、セルフィートなんかはあらゆる武器を使いこなすオールラウンダーになってしまった」


「それはすごいですね! ピオニールのマスターさんもすごいですけど、セルフィートさんも天才なんでしょうね」


 リゼがホーリスの左隣で目を輝かせている。


 ホーリスはそんな彼女にほほえみかけた。


「ああ、天才だと思うよ。どの武器を使っても腕は一級品だ。相手に合わせて相性のいい武器を選べるから、手合わせをしたら、たぶんボクも勝てないだろうな」


 ホーリスは目を閉じて物思いにふけっている。

 眉間にしわが寄っているあたり、もしかしたら脳内で戦闘シミュレーションでもしているのかもしれない。


桃梅桜李とうばいおうりです。それぞれのよさがあると思います」


 リゼがホーリスにグッと拳を握ってみせた。


 それを受けてホーリスも表情を崩した。


「ははは、ありがとう。しかしリゼ殿、それは正しくは桜梅桃李おうばいとうりというのでは?」


「はわわ!」


 リゼがぴょこんと跳ねて赤面した。

 両手で口を覆い、恥ずかしそうにうつむいている。


 それを見たアルチェとフォルマンが声をあげて笑い、クレムもつられて笑った。


 食事会はなおも続く。


「それにしても、ピオニールってランク1stが4人もいるんですよね? すごいなぁ」


 ホーリスの右隣にいたクレムがパンをかじる合間につぶやくように言った。


「そうだな。ピオニールがランク1stをほぼ独占している状態だ。シクレシーにもランク1stはいるらしいが、あそこは謎に包まれていて情報が出てこない」


 シクレシーはピオニールとバーキングに並ぶ三大ギルドのひとつである。


 バーキングは圧倒的な頭数が大ギルドたらしめているが、勇士の最高ランクは2ndである。


 ピオニールとシクレシー以外にランク1stの勇士はいない。


 クレムに視線を向けていたホーリスは、ハッとした様子で正面にいるアルチェの隣に目を向けた。


「そういえば、ベント殿はランクいくつなんだ? ランク1stではないのか?」


「私はランク5thですよ。戦士ではなく職員ですし」


 ベントはパンにチョコレートバターを塗りたくりながら答えた。


 ホーリスはベントの手元を一瞥いちべつして視線を上に戻した。


「なぜランクを上げないんだ? 職員とはいえ、勇士ならランクを上げる資格はあるだろう」


「低報酬の依頼をこなす時間が惜しいので」


 ベントは基本的にランク2nd以上の依頼しか受けない。


 それは開発費を稼ぐことのみを目的として依頼を受けているからである。


「そうか。ボクやウォルグにも勝つ力があるというのに、もったいない……」


 ホーリスのその言葉にベント以外の全員の手と口が止まった。


 特にフォルマンは身を乗り出してアルチェ越しにベントの顔を覗き込んだ。


 同じウェアウルフなので、ウォルグの実力はここにいる誰よりも詳しいはずである。


「ベント殿、あのウォルグに勝ったのか! それならそうと教えてくれよ」


「他人を打ち負かしたことを言いふらすのは品に欠ける行為ですよ。むしろ情報屋のフォルマンさんが知らなかったことが意外です」


「まあ、そうだな。ウォルグは短気でプライドが高いから、あいつににらまれるリスクを負ってまで言いふらす者はおらんだろうな」


 そう納得して身を引いたフォルマンだったが、ふたたびアルチェの長耳をかいくぐるように顔を出した。


「それはいいとして、ウォルグとの戦いのことを教えてくれないか? もし新しい開発品を使ったのなら、それについても」


「ええ、構いませんよ」


 7人のテーブルはその話でおおいに盛り上がった。


 テーブル上の料理はまだたくさん残っている。

 宴も半ばというところである。


 そんなとき、プログレスのギルドホームに飛び込んできた者がいた。


 遠慮なく扉が開かれた玄関には、日が暮れて薄暗くなった景色に縁取られた長耳赤ケープの少女が立っていた。


「師匠!」


「ディーア! どうした、そんなに慌てて」


「大変です! 凶獣の群れが大連山から大量に降りてきているそうです! このままだと里が……。助けてください!」

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