第80話 新たな依頼者②(リベールSide)

 リベールは謎のカクテルをテーブル上に戻し、セルフィートを見上げた。


「リベール、私にも道具を作ってくれ。ベント・イニオンに対抗できる道具を」


 リベールが作ったのはウォルグひとりぶんだったし、一部は完全にウェアウルフ仕様だった。

 人間が使うには仕様変更しつつ、それぞれ新しく作る必要がある。


「おい、リベールに投資したのは俺だぞ! 相当な額の開発資金を投じたのに、貴様は材料費だけでおこぼれに預かる気か?」


 ウォルグが殺気をまき散らす。


 セルフィートもそれを相殺するように視線を鋭くした。


「ならばその投資額の半分は出そう。そのうえで引き続き私が投資する」


 間に挟まれたリベールは小さくなった。


 次の瞬間にはどちらに付くか問われそうな雰囲気があり、胃がキリキリと痛んだ。


 泣きそうになりながら「もうやめてくれ」と必死で祈った。


「やめないか! キミたちの喧嘩は周りを怖がらせる」


 優しくも力強い声が一陣の風のように吹き抜けた。


 それはホーリスの声。

 仲裁に入るべくやってきたのだ。


 リベールには彼女が女神に見えた。


 ウォルグは鼻を鳴らした。


「ホーリス、出しゃばってくるな。もう話はついた。セルフィート、それで手を打ってやる」


 セルフィートの目は細められたままだが、口元は緩んでいた。


「投資額の明細はあるだろうね? ふっかけられてはたまらない」


「もちろんだ。後日渡す」


「ああ、ゆっくり休みたまえよ」


 セルフィートのその言葉は優しさに見せかけた皮肉だろうが、ウォルグは鼻を鳴らしてギルドホームを出ていった。


 ウォルグを見送ったセルフィートはリベールへと視線を落とした。


「リベール、私が依頼したいことは3つだ。ウォルグに作ったものを私仕様で作ること。光線銃やAIレーザーの対策品を作ること。そして、私の戦闘スタイルをサポートする機械を作ること」


「わかりました……」


「今日は君も疲れているだろうから、詳細は後日話すとしよう」


 セルフィートは凛々しい顔で微笑を残すと、リベールに背を向けて歩いていった。


 マイネも軽く手を振ると姉を追いかけた。


 ふたりのランク1stが解散したのを見届けたホーリスがため息をひとつこぼす。


 そのままギルドホームの奥へ戻ろうとしたので、リベールは彼女を呼びとめた。


「ホーリス! ありがとう。助かった」


 ホーリスは振り返り、片手を上げて応えた。


 リベールは立ち上がって彼女のすぐそばに寄り、声をひそめた。


「君とウォルグの戦いのとき、俺は2対1で対等だというウォルグの言葉を肯定したけれど、本当は卑怯だと思ったんだ。相性が悪かろうと、正々堂々、1対1で戦うべきだよな」


「…………」


 リベールは感謝の意を込めてホーリスに味方したつもりだった。


 しかしホーリスの表情は固かった。

 どう見ても喜んではいない。


「キミがウォルグに逆らえないことは仕方ない。それを謝りたかったのかと思ったが、単に本心が違うことを知らせたかっただけか」


「あ、いや……ごめん……」


「こんな周りに誰もいない状況ではなく、みんなが周りにいたあの場でそう言い切ってほしかったよ」


 ホーリスはリベールの顔を見ずに去っていった。


 リベールは元の席に戻り、力なく腰を落とした。


 ホーリスに嫌われたかもしれない。


 ホーリスはリベールにとって最大の理解者であり、もっとも親しい友であり、そして唯一の憧れの勇士である。


 彼女に見放される絶望は、ウォルグやセルフィートにプレッシャーをかけられたときの比ではない。


 リベールは目の前にあった濃橙色のカクテルを一気にあおった。


 ガツンと脳天に一撃をもらったような衝撃を受けたが、サッパリとしたあと味に頭は冴え、腹の底に沈んでいた後悔の淀みはむしろ鮮明になった。

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