第77話 戦いはとっくの昔に始まっていた①
ホーリスとギレスがじゅうぶんに離れたのを見届けると、ベントとウォルグは改めて向かい合った。
ウォルグはさっきまで着けていなかった道具をカゴから取り出して次々と着けはじめた。
首に太い鉄のリングをはめ、雪山の登山者のようなゴーグルで顔の上半分を覆い、両サイドに吸収缶の付いたマスクだかマズルだかを口に装着した。
最後に銀色のスプレー缶を手に持ち、ボタンを押して自分の全身と大剣にスプレーを吹きつけた。
「よし、いいぞ。いつでもかかってこい!」
ベントもエアバイク改の座席収納と白衣との間で道具のやりとりをして整理すると、自動運転でエアバイク改を離れさせた。
「装備の準備はよさそうですが、精神的な準備、覚悟のほうは大丈夫ですか?」
「うるせーよ! これだけ対策しておいて、ランク1stが負けるわけがないだろうが!」
「たしかにそうですね。もしそれだけ対策したのに負けたら、ランク1stの
ウォルグは見た目どおりに気性が荒い。
それがベントのウォルグに対する第一印象だった。
しかしベントと対峙する彼は妙に冷静で、ベントが煽っても激情に流されないどころか、むしろ煽るほど冷静さが増しているように見えた。
ウェアウルフの表情は動きが大きいので、対策装備でゴテゴテしていてもわかりやすい。
「ベントさんよぉ、やたら煽るように突っかかってくるじゃねぇか。やっぱり、俺みたいないかにも肉体派なやつは嫌いか?」
「私は相手の敵意に敏感なだけです。あなた、私への対策をしているじゃないですか。それって、いずれ私と事を構えるつもりだったということですよね?」
ベントはそう言いつつ、これ以上ウォルグを煽ることに意味はないと判断した。
「可能性に対して備えていただけだ。それより、俺が対策道具を見せたのはついさっきだぞ。それにしては、おまえは最初から俺に敵意を向けていたと思うが」
「フォルマンさんですよ。私の情報を誰に売ったか直接は聞いていませんが、フォルマンさんがウェアウルフの里に帰っていたタイミングで大金を得ていたことを考えると、情報を買ったのは、ランク1stの勇士のような財力のあるウェアウルフということになります」
フォルマンの名前が出ると、ウォルグは渋い顔をした。
同族にあこぎな商売をされたことや、大きな出費を
ウォルグは気持ちの切り替えが早いようで、すぐに表情をリセットした。
「俺はおまえが現れてすぐには名乗っていないが、なぜ俺がそうだとわかる?」
「私がここに来たとき、あなたはランク1stのホーリスさんにプレッシャーをかけていました。つまり、あなたがランク1stのウェアウルフで、私の情報を買った人なのだと推測できます」
「なるほどな」
ウォルグはニヤリと笑った。
嬉しそうでさえあった。
「どうしたんですか?」
「いや、大出費も無駄ではなかったと思っただけだ。本当に俺から仕掛けるつもりはなかった。猛威を振るうシエンス人科学者のうわさを聞いて、万が一に備えただけだ。情報と開発での出費はデカかったが、それを無駄にするまいと俺から仕掛けたのでは、動機と目的が逆転して本末転倒だからな」
これまでにもベントの対策をして挑んできた者たちはいた。
そのどれもが小手先のテックニックによるものだった。
だが今回は違う。
元同僚が開発した道具で科学的に対策されている。
既出の道具によるゴリ押しは難しい。
「では、そろそろ始めましょうか」
「おう、来いッ!」
ウォルグは大剣を構えた。
ベントは銃を構えた。楕円体の白いボディを持つ銃である。
「それが小型GESか? 撃音波銃か?」
ベントが銃口を向けてもウォルグは防御の構えを取らなかった。
リベールの対策品を身に着けているので、それで防げると考えているのだろう。
ベントは銃の出力を弱く設定した。
「どちらでもありません。これは光線銃ですよ」
ベントは引き金を引いた。
ウォルグは慌てて大剣を盾にして、腹のあたりに飛んできた赤い光線を防いだ。
「危ねぇ! なんだよ。超音波を出す銃は使わねーのかよ」
「対策されているのに、使うわけがないじゃないですか」
ウォルグは左手で後頭部をかいた。
怒っている様子はない。
「まあ対策に意味があったならいいさ。それより、なんで正直に言ったんだ? 黙って撃っていれば勝っていたかもしれねーのに」
「訊かれたからです。私は訊かれたら必ず開発品の説明をするようにしています」
「ほう。だったらその光線銃の説明もしてくれるのか?」
「はい」
ウォルグはベントの情報に大枚をはたいている。
新たな道具の説明が聞けるとなれば飛びつくのは当然である。
「じゃあ攻撃しないから説明してくれ」
「わかりました。これはレーザーガンが正式名で、通称は光線銃です。レーザーの出力は調整が可能で、光線が赤いとヤケドする程度ですが、青いものは鋼鉄すら貫通します」
さっきの光線は赤かった。
つまり、ほぼ最低出力ということである。
「じゃあさっき出力を最大にしていたら、俺は負けていたってことか?」
「そうですね。死んでいたはずです。だからといって勝ちを主張するつもりはありません。早く続きをやりましょう」
「お、おう……。だがベント・イニオンよ、俺はおまえに加減しない。おまえも最大出力でやって構わんぞ」
ベントは不敵な笑みを返事とした。
光線銃の出力は変えない。ベントは勝利へのシナリオをすでに組み上げているのだ。
ウォルグもそれを悟ってか、それ以上は言葉を挟まなかった。
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