第76話 水を差し、そのまま水を引く

 ベントはピオニールのギルドホームまでやってきた。


 エアバイク改を停めるのにいい場所はないかと建物を回り込むと、そこには人だかりができていた。


 エアバイク改で乗り込んだので、そこにいる全員の視線がベントへと集まった。


「おや、リベール先輩じゃないですか。なんでこんな所に?」


 ホームの壁沿いに何人もの人が並んでいても、ひとりだけ白衣がいれば否が応でも目につく。


「ベント、なんでおまえがここに……」


 リベールのベントを見る目は鋭く細められていた。まるで侵入してきたよそ者に対する視線である。


「私はウィルド王国に追放された身ですから、その領土内で動き回ったっていいじゃないですか。でもリベール先輩はシエンス共和国にいるはずの人ですよね? 先輩がここにいることを疑問に思うのは当然だと思いますが」


「おまえに教える義理はない!」


 周囲の人たちは物珍しそうにそのやりとりを見ている。

 リベールの態度が普段とは違うのだろうとベントにも察しがついた。


「私はリベール先輩のことを先輩と呼んでいますが、私はもうシエンス共和国科学省の人間ではないので、当時の上下関係は持ち出さないでくださいね」


 ベントは正直なところ、リベールの逆鱗げきりんに触れるのではないかと思いながらそれを言った。


 だがその予想は外れていた。


「わかっている。俺とおまえは対等だ。そうだな?」


「そうです」


 リベールがむしろ肯定するような確認をしてきたので、ベントは拍子抜けしてしまった。


 だが面倒なしがらみに発展しなかったことは僥倖ぎょうこうである。


「対等ということは、俺がここにいる理由をおまえに教える必要は――」


「あ、リベール先輩。それはもういいです。そんなことより、ホーリスさんがどこにいるか知りませんか?」


「そんなこと……? まあいい。ホーリスなら、ほら、あそこだ」


 リベールはあごで示してベントの視線を導いた。


 壁際の集団とは離れた位置に3人ほど立っている。

 ウェアウルフの巨体がふたつ。そしてその向かいにひとり、赤髪の少女が立っていた。


 彼女こそベントがここを訪ねてきた理由である。


「ありがとうございます」


 ベントはエアバイク改にまたがったまま3人の方へと向かった。


 3人もベントが来てからずっとベントの方に注目していた。


 ベントがホーリスの近くまで来てエアバイク改を停めると、いちおう3人全員に対して声をかけた。


「お取り込み中のところ失礼します。ホーリスさんに渡したいものがあるので」


 ベントがエアバイク改を降りたところで野太い声が威嚇するように飛んできた。


「取り込み中だとわかっているのなら、それが終わるまで待っていろ」


「駄目です」


「だ……駄目? はぁ?」


 大きいほうのウェアウルフが、まるで初めて殴られたかのような顔をベントに向けた。


「私の用事はすぐに終わるので、私が待つのは時間の無駄です。それに私は忙しいんですよ。遊んでいるあなた方と違って」


「遊んでいるだと? どこをどう見れば遊んでいるように見えるんだ!」


 険しい顔をしたウェアウルフの視線が、自分を含む3人の格好や武器をなぞっていく。ベントにそれを見て判断しろと言っているのだ。


 ベントは彼の意図を汲んで、視線を2周させてから答えた。


「さすがに決闘中だったら私もわきまえますよ。でもこれ、決闘ではないですよね? 何をしているんですか? か弱い女の子に大の男がふたりがかりはカッコ悪いですよ」


 ベントが見る限り、ホーリスの表情はウェアウルフふたりに稽古をつけている感じではなかった。

 逆に稽古をつけてもらっている様子でもない。


 その緊迫感は、どちらかというと集団でいじめにっているかのような色をたたえていた。


「なんだと、テメェッ!」


 ド迫力ですごむウェアウルフに、ベントは両手を顔の位置まで上げた。


「あ、すみません。男だからか弱くないというのは偏見でした。これは失礼しました」


「失礼極まりないッ!」


 その反応がベントの憎まれ口をたしなめる意図なのは明らかだが、「失礼」という言葉が重複したせいで、まるで自分がか弱いことを認めたかのようになってしまっている。


 ベント以外にも、そこまで理解が及んだらしい者たちがこらえるように笑っていた。


 ウェアウルフの男は笑わなかった。


 しかし意外にも冷静で、感情をリセットしたかのように表情を消し、物言いも静かになった。


「おまえはベント・イニオンだろう?」


「はい」


「俺はウォルグ・エフカイン。こっちは弟のギレス。そしておまえの隣にいるのが剣聖、ホーリス・ウォルドだ。ランク1stがふたりとランク2ndがひとり。ここにか弱い者などおらん。勇士のトップ層が真剣に戦おうとしているのだ。それを邪魔するな」


 ウォルグは大剣を背に納めて腕を組んだ。


 隣でギレスがガトリング砲を立ててそこに肘をのせた。


 ベントはホーリスの方に向き直った。


「ホーリスさん。アルチェさんから聞きましたけど、複数を相手にするのは苦手なんですよね?」


「まあ。苦手だよ……」


 ベントは再度、ウォルグの方に体を向けた。


「ホーリスさんに怪我をされては困ります。だって、これから彼女をプログレスの食事会に招待するんですから。なので、この戦いは私が引き取ります」


「は? 引き取る?」


「ええ。ホーリスさんの代わりに私が戦います。あなた方は何人でかかってきても構いませんよ」


 ウォルグの顔は静かに険しくなった。

 その視線が隣に向けられると、ギレスは慌てて手を振った。


「兄貴、さすがに俺は無理だ。リベールが作った対策品は兄貴のぶんしかないんだから、俺は勘弁してくれ」


 ギレスの反応は明らかにベントの道具の脅威とホーリスの敗北を知っている者のそれだった。


「ふん、下がっていろ。ホーリス、おまえもだ。俺はベント・イニオンとサシで戦う。ちょうどリベールの道具が使い物になるのか試したいと思っていた」


 ホーリスが歩き出したところに、ベントはアルチェから預かった招待状を手渡した。


 ベントの本来の用事はそれで完了した。

 さっき言ったとおり、用事はすぐに終わった。

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