第75話 ランク1stの戦い②(リベールSide)

「いざ、参る!」


「来いやあああ!」


 ホーリスは迷いなく一直線にウォルグへと走った。


 ウォルグが高く振り上げた大剣を両手に持って振り下ろし、地面に強く叩きつけた。

 斬撃を飛ばしたかのごとく、地面をめくり上げながら風が走る。


 ホーリスは左に大きく跳んで大剣の風圧を完全にかわし、ほぼ減速なしでふたたび前方へと走る。

 いよいよ近づいたところで、右手に持つ剣の柄に左手も添えた。


 あと2歩でウォルグはホーリスの間合いに入る。それを察知したか、ウォルグは右足を地面に強く打ちつけた。


 そのスタンプが地を揺らし、地上を衝撃波が走り抜ける。


 ホーリスはそれを軽く飛び越え、着地した足で大きく跳んだ。


「はぁっ!」


 ウォルグの見上げる位置でホーリスが剣を振りかぶっている。


 だがそこはウォルグの射程圏内のようで、すでに剣を持つ右手が動きだしていた。


 ホーリスの剣はまだ位置が高く、ウォルグには届かない。


「うおらぁあああっ!」


 ホーリスは左足をうしろに跳ね上げ、かかとで鞘の先端を叩いた。

 鞘が留め具を起点にグルンと回転してウォルグの頭部に襲いかかる。


 ウォルグは反射的に頭を傾けてかわし、それを肩で受けた。

 そのせいで体幹が傾き、大剣の軌道が上方に逸れた。


 ホーリスは上体を反らして眼前を通り過ぎる大剣を見送り、そのまま体をひねって回転するままに標的を斬りつけた。


 ウォルグの肩から狼の毛が宙を舞う。


 ホーリスが着地したとき、ウォルグは高い位置にある大剣の柄を両手で握っていた。大剣の腹で叩き潰す構えである。


 ホーリスの頭上に大きな影が落ちる。


「ふんっ!」


 ウォルグはためらいなく大剣を振り下ろした。


 大剣の左右のどちらにもホーリスはいない。

 ホーリスはウォルグの股を抜けて背後に回っていた。


 ホーリスの剣閃が縦横無尽に走り、狼の毛とともに血も飛んだ。


 ウォルグが大剣を横ぎに振ったときには、ホーリスはじゅうぶんな距離を取っていた。


「おい、舐めてんのか!」


 ホーリスは無防備になっていたウォルグの腱を斬らなかった。


 腱を狙う余裕がないという状況ではなかった。


 つまり手加減したのだ。


「ただの喧嘩で勇士生命を奪うのはやっぱり忍びない。この戦いはボクの勝ちだよ」


「ふざけるな! おまえ、事前に決めた勝敗の条件を自分が勝手にねじ曲げているとわかってんのか? そんなこと、まかり通るわけがないだろ!」


「じゃあいまから条件を変えて仕切りなおそう。先に一撃でも入れたほうが勝ちということで」


 ウォルグはまた顔にしわを寄せ、左手の拳を地面へと強く叩きつけた。


 地面が揺れて見物人の数人がバランスを崩したが、ホーリスは動じなかった。


「だから、それだと圧倒的におまえが有利になるだろうが!」


「加減が難しいなら、キミはボクを殺す気でやって構わない」


「そういう問題じゃない! もういい。その条件を認めてやるから俺も条件を出す」


 ウォルグはそう言ってホームの方に視線をやった。


 その視線の先では、ひとりのウェアウルフが腕を組んで壁に背をもたせかけていた。


「ギレス、来い! こっちはふたりだ!」


 呼ばれたギレスは壁に立てかけていたガトリング砲を手にして歩きだした。


 ウォルグに並び立つと、ホーリスに向かって軽く手を上げた。


「悪いな、ホーリス。兄貴には逆らえねぇ」


 ホーリスはギレスに対しては一瞥いちべつしただけで、ウォルグをにらんだ。


「恥はないのか、ウォルグ」


「卑怯とでも言いたげだが、それはさっきからこっちが言っていたことだ。馬鹿にはわかるまいな。おい、リベール! これで対等だよな? 頭だけはいいおまえなら、これで対等だと理解できるよな?」


 突然の飛び火にリベールは狼狽ろうばいした。胸を押さえ、口をパクパクして酸素を取り込もうとする。


 ウォルグとホーリスの視線がリベールに刺さる。


 ふたりだけではない。その場にいる全員がリベールに注目している。


 リベールはどうにか声を絞り出した。


「あ……あの……は……はい……」


 うめくようにそう答えると、リベールはうつむいた。


 答えたかどうかわからない反応に、注目していた人たちは少しずつ視線を外していった。


「ほら、リベールには理解できるらしいぞ」


 ウォルグの鋭い視線がホーリスを刺す。


 ホーリスは首を横に振りながらため息をついた。


「リベールは戦いにおいては素人だし、彼がキミの圧力にあらがうのはこくなことだ」


 対峙する3人も、見物人たちも、この平行線をたどる論争に互いが納得することはなさそうだという雰囲気になっている。


 3人はもはやこれ以上の問答は無意味と言わんばかりに、それぞれの武器を構えた。


「はぁ……」


 リベールの肩に小さな吐息が降りてきた。


 リベールは怖くて顔を上げられなかった。

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