第68話 凶獣ティゲル(アルチェSide)

 木の枝に緑色のリボンが結んであるのを見つけてアルチェは足を止めた。


 周囲の木の枝にも緑色のリボンが結びつけてあり、それがエルフの里との境界の目印となっている。


 ふたりはここに来るまでに、2匹の凶獣コンダとはぐれ者の凶獣ドギー1匹を狩ってきた。


 どちらもホーリスが剣で一瞬のうちに片付けてしまい、アルチェの出る幕はなかった。


「ここまでね。ホーリス、そろそろ……」


「そうだな。リボンをたどって里の境界沿いに見て回ろう」


「え、ええ……そうね」


 アルチェは「そろそろ引き返して帰ろう」と言おうとしていたが、その言葉を飲み込んだ。


 凶獣とはホーリスばかりが戦っているので、アルチェが疲れたとは言えない。


 ふたりはしばらく歩いた。

 周囲を警戒しつつ、お互いのギルドの話で盛り上がっていた。


 そんなとき、ふとアルチェが立ちどまった。


「どうした?」


「いま、音がした。落ち葉を踏む音」


 アルチェが警戒して見つめる先は木が密集していて見通しが悪い。


 ホーリスは剣を抜いてそちらに向けた。


 しかし何かが出てくる様子はない。


 可能性として考えられることはふたつ。


 ひとつはアルチェの気のせいだということ。


 もうひとつは潜む者が生粋の狩猟者であるということ。


「たぶん、待ち伏せされてる。あぶり出すね」


「わかった。出てきたら離れてくれ」


 アルチェは弓を構えて矢を放った。


 矢が刺さった木の裏から凶獣が姿を現した。


「きょ、凶獣ティゲル!?」


 アルチェは恐れおののいて反射的に樹上へと駆け上がった。


 凶獣ティゲル。


 黄色と黒の縞模様の体毛を持つ四足歩行の凶獣で、俊敏性、腕力、咬合力、いずれもきわめて高い。


 森の中でも平地のような機動力で走り、たくましい腕から振り下ろす爪は石壁を難なく破壊し、硬く鋭い牙は鋼鉄をも貫く。


 ギルド・ピオニールの象徴たるリオに似た生物ではあるが、両者には凶獣と動物という埋められない差がある。


 ティゲル族は凶獣の中でもトップクラスに危険な種類で、まともに戦えるのはランク1stの勇士くらいのものである。


「やつは牙で矢を弾く。援護は必要ない。1対1に集中させてくれ」


「わかった」


 ホーリスは落ち着いている。

 待ち伏せと聞いて、凶獣がティゲル族だと察していたのかもしれない。


 凶獣ティゲルが間合いをはかるかのようにゆっくりと前進する。


 ホーリスはじっと標的を見据えていたが、刹那的に腰を落とすと、爆発的スピードで走りだした。


 凶獣ティゲルも走りだす。


「ガァアアアアッ!」


 衝撃波が出そうな迫力の咆哮とともに、凶獣ティゲルが高く跳んだ。

 長く鋭利な爪をむき出しにして太い前足を前へと伸ばす。


「はあっ!」


 対するホーリスは疾走の慣性のみを残し、ほぼ真上に跳躍した。

 そして凶獣ティゲルの前足を踏み、さらに跳ぶ。


 それはひねりの入った前方宙返りとなり、踏み台となった前足上を剣が閃いた。


 両者が着地するのはほぼ同時だった。


 着地した瞬間、ホーリスは凶獣ティゲルの方へ走った。


 凶獣ティゲルは斬りつけられた前足で体重を支えきれずに体を沈ませたが、振り返ることもせずそのまま前方へ走りだした。


「逃がすか!」


 ホーリスが踏み込んで横ぎに剣を振ると、凶獣ティゲルの長い尻尾が切断されて宙を舞った。


 凶獣ティゲルはバランスを崩して肩を木にぶつけたが、そのまま走っていった。


「しまった。逃げられた」


 ホーリスは剣を鞘に納め、アルチェは樹上から飛び降りて横に並んだ。


 ふたりで凶獣を見送った先は、緑のリボンの向こう側である。ふたりは顔を見合わせた。


「ホーリス、一緒に追いかけて……くれる?」


「ボクがエルフの里に入ってもいいのか?」


「あたしが許す!」


 凶獣ティゲルに勝てるほど強いエルフはいない。


 なにがなんでもホーリスに仕留めてもらわなければ、エルフの里は滅んでしまう。


 ふたりはうなずき合うと、凶獣ティゲルの走っていった方向に走りだした。

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