第67話 風の射手と剣聖②(アルチェSide)
どうやら凶獣ドギーとの遭遇は避けられたらしく、アルチェは胸をなで下ろして足を止めた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
さすがに山道の全力疾走は疲れる。
アルチェは休むのにちょうどいい場所はないかと周囲を見回した。
「え?」
二本足で立つ毛むくじゃらの怪物と目が合った。
「グゴガガガガアアアァァァ!」
鋭い牙の隙間から粘度の高い唾液が飛び散り、アルチェの顔にかかった。
凶獣ベアル。
鋭い爪を備えた極太の腕から一撃でももらえば即死は必至である。
「きゃああああああああああ!」
アルチェは声の限りの悲鳴をあげてふたたび走りだした。
今度は来た道とは直角に走る。
気が動転しながらも、凶獣ドギーのいない方向へと走る冷静さだけはかろうじて残っていた。
「いやあああああああ! 来ないでええええええ!」
アルチェはひたすら逃げる。木々の間を縫うように走る。
一方の凶獣ベアルは四足で走り、邪魔な木は肩で
弓で戦える距離ではないし、仮にじゅうぶんな距離があったとしても弓で倒せるような相手ではない。
アルチェはかつて凶獣ベアルと遭遇したことがあった。
そのときの凶獣ベアルはアルチェの放った矢を頭を傾けてかわし、肩に刺さった矢をもろともせずに追いかけまわしてきた。
凶獣ベアルはしつこい。
トラウマがよみがえる。
「もう無理! 許してえええええ!」
涙をちょちょぎらせて走っていたアルチェだが、その横をふと赤い何かが走り抜けた。
「グゴォアァ!」
背後から聞こえた凶獣ベアルの声にはさっきまでの威勢はなかった。
悲鳴にも似た声だった。
アルチェが振り向くと、左腕をダランと垂らして右腕だけを高く掲げ、二本足で立つ凶獣ベアルがいた。
凶獣ベアルはアルチェの方を見ていない。
凶獣ベアルに対峙するのは、右手に剣を構えた赤髪の少女だった。
「グゴガガガガアアアァァァ!」
凶獣ベアルが雄叫びをあげた瞬間、赤髪の少女が動いた。
一瞬で距離を詰めて凶獣ベアルのふところに入り、振り下ろされる右腕と脇の間をスルリと抜ける。
同時に銀色の剣閃が縦横無尽に走った。
彼女が巨体の背後へと抜けたとき、凶獣ベアルは右腕もダランと垂れて両膝をついた。
腱を斬ったのだ。
「はあっ!」
赤髪の少女は前傾した凶獣ベアルの背中に飛び乗り、その太い首へと剣を突き下ろした。
凶獣ベアルは声もなく倒れ、そのまま動かなくなった。
「終わったの?」
アルチェが恐る恐る尋ねると、赤髪の少女は凶獣ベアルの背から飛び降りてアルチェの前へとやってきた。
「凶獣ベアルは仕留めたよ。怪我はない?」
アルチェはこの少女を知っている。
剣聖ホーリス。
最強ギルドと謳われるギルド・ピオニールに所属するランク1stの勇士である。
「はい。ありがとうございます。あの、えっと、剣聖ホーリスですよね? あ、すみません。ホーリスさん……ホーリス殿……」
「気軽にホーリスと呼んでくれて構わない」
「そう? ありがとね、ホーリス」
アルチェはバシバシとホーリスの肩を叩いた。
ホーリスが苦笑しながらアルチェに名前を尋ねると、アルチェも自分が名乗っていなかったことに気づき、慌てて自己紹介をした。
「あたしのことも気軽にアルチェって呼んでねぇ。ところで、ホーリスはなんでここにいるの?」
「ボクは知り合いのエルフの手伝いで来たんだ。里には入れないから、里の周囲の凶獣を狩っていたところだよ」
それを聞いたアルチェは目を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
「ちょうどいいわ! あたしも里周辺の凶獣を狩っていたところなのぉ。協力しない?」
「ああ、構わないよ。ボクも人数が多いほうが心強い」
ホーリスが言うには、群れで連携するドギー族と、群れで空を飛ぶビルダ族が苦手らしい。
タイマンならばどんな強い凶獣だろうと負けないとのことである。
対するアルチェは、ドギー族とビルダ族、あとはせいぜい平均以下のサイズのコンダ族くらいにしか勝てない。
アルチェがホーリスに介護されるような力のバランスだが、友達になってしまえば強弱も損得も関係ないというのがアルチェの考え方だった。
「あたしたち、弱点を補い合ういいコンビになれそうね!」
「ああ。よろしく頼む」
アルチェは頼もしい仲間を手に入れたので、ご機嫌で山を登った。
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