第65話 エルフの知らせ②

 どさくさに紛れて札束に手を伸ばすアルチェの手をはたき落とし、フォルマンがベントに声をかけた。


「ベント殿、凶獣氾濫の話について興味あるか?」


「ええ。情報料しだいですが」


 ベントは手元の依頼書を束ねて手に持ち、フォルマンのいるテーブルへと移動した。


 フォルマンは札をかぞえ終えたようで、札束を端に寄せると、毛むくじゃらの手をテーブル上で組んだ。


「ベント殿には稼がせてもらった。恩人からは金は取らんよ」


 どうやらテーブル上にある札束はベントの発明品に関する情報を売って得た金らしい。


 ベントはタダで情報を開示しているが、その情報を聞けるのはベントの近くにいる者の特権である。


 ベントと接点がなく、しかしベントの情報が欲しい者にとっては、その価値はフォルマンの言い値になってしまうのだ。


「ではお言葉に甘えて、教えていただけますか」


 フォルマンの話によると、ウィルド王国の北方では最近になって頻繁に凶獣が出没しているとのことであった。


 西のウィルド王国と東のシエンス共和国は山脈が隔てている。


 南北に連なるその山脈は北の方では特に険しく、ベルグバルト大連山と呼ばれている。


 凶獣はそのベルグバルト大連山から降りてきているようで、大連山の西にあるウェアウルフの里がまず襲われ、そこで撃退された凶獣や素通りした凶獣が、今度はさらに西方にあるエルフの里を襲っているらしい、とのことである。


「俺も里に帰って凶獣の討伐に参加していたんだが、エルフの里から来た使者が難癖をつけくるという事案があった。ウェアウルフが凶獣をけしかけてエルフに戦争をしかけているんじゃないかとな」


 フォルマンがアルチェを一瞥いちべつすると、アルチェは両手を上げて首を横に振った。


「あたしに言われても知らないからね!」


「ああ、わかっている。ウェアウルフの里がある東方から流れてくれば、俺たちが凶獣をけしかけていると疑うのも無理はない。解決すべき課題は里間のいざこざではなく、凶獣の山下りという根本原因だ」


 冷静な分析をとうとうと語るフォルマンの隣で、アルチェが目をうるませた。


「フォルちゃん、優しーい!」


 アルチェはフォルマンに抱きついてモフモフの首元に顔を埋めた。

 グリグリと動かして頭をねじ込んでいる。


「おい、コラ、やめろ! 嗅ぐな!」


 そんなふたりを尻目に、ベントはカリナーリが持ってきた依頼書に再度目を通した。


「ところでフォルマンさん。さっきの話を聞く限り、ウェアウルフの里はエルフの里以上に凶獣の被害に遭っていそうですが、ギルドに凶獣討伐の依頼は出さないんですか?」


 フォルマンはアルチェを引きはがしてからベントの質問に答える。


「対処しきれなくなったら依頼も出すだろうが、まあ俺たちは戦闘民族みたいなもんだからな。それにウェアウルフ族にはランク1stの勇士がいる。あいつがいれば凶獣に負けることはないし、里の問題は自分たちで片付けるというウェアウルフ族のプライドも守られる」


 ベントはずっと気になっていることがひとつあった。


 それは、フォルマンがベントの開発品の情報を誰に売ったかということだ。


 フォルマンはベントを〝稼がせてもらった恩人〟と言ったが、さすがに顧客情報は教えてくれないだろう。


 だがテーブル上の大金を見るに、相当な財力がある人物なのは間違いない。

 貴族か、荒稼ぎできる強い勇士か、である。


「フォルマンさん、そのランク1stの勇士と、その人が所属するギルドについての情報をいただけませんか? 必要であれば情報料も払います」


 情報を買ったのは、ベントと戦う可能性が出てくる勇士の可能性が高い。


 タイミングからして、そのウェアウルフの勇士が情報を買ったのだ。


「いいぜ。情報料は取らねぇさ。今後ともいい付き合いをしようぜ、ベント殿」


 顧客情報ではなく一個人についての情報であれば、それは情報屋の商材になるのである。

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