第64話 エルフの知らせ①
プログレスのギルドホーム内の一角で、ベント・イニオンはテーブル上に数枚の依頼書を広げていた。
どれもランク5th向けの依頼である。
別のテーブルでは、ウェアウルフのフォルマンが札束を片手に札の枚数をかぞえている。
ちょうど帰ってきたエルフのアルチェが「まーた下品なことしてる!」とつっかかっていた。
コツコツコツと小気味のよい足音が近づいてきて、甘い香りがベントの鼻孔をくすぐった。
ベントが見上げると、そこにはリゼの
「ミルクココアです。よければどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
ベントはリゼがテーブルに置いたカップをすぐ手に取って口に運んだ。
「ランク5th向けの依頼を見ているなんて珍しいですね」
「ええ、まあ。今日は彼が来る日ですから」
「ああ、なるほど……」
リゼは頭を軽く下げ、受付カウンターの方へと戻っていった。
ほどなくして、ベントの待ち人はやってきた。
髪も目もシャツもケープも緑色で、肌とエプロンだけが白いエルフの男、カリナーリ・アルテ。
ギルド・バーキングのギルドマスターである。
「来たわよ、ベントちゃーん!」
カツカツカツと遠慮のない足音をたててギルドホームに入ってきたカリナーリは、ベントのテーブルに向かう途中でピタリと足を止めた。
不意に顔を横に向け、邪悪な笑顔でスピリットタンをチロチロと動かす。
「そしてハロー、アルチェちゃーん!」
「ひぃいいいっ!」
アルチェは椅子から転げ落ちると、はいずるようにウェアウルフの大きな体のうしろに隠れた。
「カリナーリ。そんなに気に入っているのなら、その舌を根元まで裂いてあげましょうか?」
「いえ、結構です」
カリナーリはスンとなり、真顔のままベントの対面に座った。
ベントがランク5thの依頼書の束をカリナーリに渡し、対するカリナーリはランク1stからランク4thまでの依頼書をベントに渡す。
ふたりはお互いに受け取った依頼書にサッと目を通した。
「これはお返しします」
ベントが突き返した依頼書は2枚。
1枚はランク1st向け、もう1枚はランク2nd向けで、どちらもエルフ限定の依頼書だった。
「ああ、これね。ランク1stのエルフなんていないのに、ほんとバカなやつら」
「ランク3rd向けとランク4th向けでも同じ依頼書がありました。だいぶ困っているようですが、なぜエルフ限定なんでしょう。カリナーリ、何か知っていますか?」
ベントはおもむろに立ち上がり、エルフ限定の依頼書をアルチェへと渡した。
ベントが戻ってくると、カリナーリは深いため息を吐きだしてから説明を始めた。
「エルフの里はね、ウィルド王国の領土内にありながら、自分たちは独立国だと主張しているのよ。あいつらにとって、エルフ以外が里に入ることは不法入国。エルフ以外が里に侵入すれば、それは侵略にほかならない」
ベントが催促すると、カリナーリはさらに詳しい情勢を語った。
ウィルド王国はエルフの里を独立国とは認めていないが、武力行使による支配行動には及んでいない。
それはウィルド王国が、エルフの里が自国の一部であることに議論の余地はないという認識を持っているからである。
よって、エルフの里からエルフが降りてきても不法入国とはならず、むしろそれは自国内の移動という当たり前の行為とみなされる。
「構図としては、ウィルド王国が1軒の家だとすると、エルフは部屋に鍵をかけて閉じこもった子供みたいですね」
「ベントちゃん、たとえがうまーい!」
カリナーリがパチパチと大袈裟に手を叩く。
なぜかフォルマンとアルチェも小さく手を叩いていた。
「カリナーリ。依頼書によると、最近エルフの里に凶獣がよく出没しているようですが、その理由は知りませんか?」
「それは知らない。ボクちんを追放したやつらのことなんか知ったこっちゃないわ」
カリナーリの顔が邪悪な笑顔に染まっている。
それはさっきアルチェに向けたものとは異なり、少なからず怒気を孕んでいた。
「あなたはランク2ndとしてその依頼を受けないのですか?」
「追放されたんだから、里に入れるわけがないでしょう? こっちだって愛想がつきたわ」
カリナーリが里を追放されたと聞いても何の不思議もないのだが、彼がところどころで怒気を放っている様子からすると、案外エルフの里のほうが度し難い案件なのかもしれない。
ベントはそう考えつつも、いまは深掘りしないことにした。
「わかりました。バーキングの活動報告について特筆すべきことはありますか?」
「ないわ。すべて報告書にまとめたとおりよ。頑張って作ったんだから、ちゃんと読んでよね」
カリナーリは言いながら立ち上がった。
彼から受け取った依頼書の束のいちばん下に活動報告書があった。
それはベントも確認済みである。
内容までは確認していないが、なんだか字がかわいらしいことが印象的だった。
「どうせ鷲鼻さんに書かせたんでしょう?」
カリナーリはベントの言葉を背に受けても返事をせず、右手をひらひらと振ってからギルドホームを出ていった。
と思ったら、扉が少しだけ開き、その隙間からカリナーリが顔を覗かせた。
「アルチェちゃーん! 凶獣狩り、頑張ってねぇ」
「ひっ!」
扉が閉まると、硬直していたアルチェはテーブルの上で溶けるように脱力した。
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