第63話 追加投資の依頼
ベント・イニオンは伯爵邸を訪問していた。
ビジネスの話をすることが目的だが、モーヴ・コミス伯爵とはビジネスパートナー以上の関係性を築けており、堅い話も茶を飲みながらの談笑ベースでするようになっていた。
「コミス伯爵、エアバイク改の市場動向はどうですか?」
「最近は落ち着いてきましたよ。富裕層には普及してきたようなので、さらに市場を広げるには価格を落とす必要があります」
コミス伯爵はそう言いながらも、それを実行に移してはいない。
あんまり早い段階で値下げをすれば、買ったばかりの顧客から反感を買ってしまう。
「わかりました。値下げ幅とタイミングはコミス伯爵にお任せします」
コミス伯爵はうなずき、紅茶をすすった。
ベントもカップを口に運ぶ。
「そういえばエアバイク改を王家に献上したときのことですが、ウィルド王がベント殿に会ってお礼を述べたいとおっしゃっていましたよ。ベント殿に興味がおありのようでした」
それを聞いたベントが一瞬だけ渋い顔をしたので、コミス伯爵も苦笑した。
ベントは開発以外に関しては面倒くさがる節がある。
開発費用は必要とするが、金儲け自体には関心がない。
エアバイク改の初期価格の設定も、結局はコミス伯爵に一任していた。
「それはありがたいことです。ウィルド王家との信頼関係を築くことができれば、シエンス共和国が侵略を企てている件を直接伝えることも可能になりますから」
「そうですね。そうすればベント殿も表立って動きやすくなるでしょう」
メイドが紅茶のおかわりは必要ないかとうかがってきたが、ベントはそれを断った。
コミス伯爵に気分転換をしようと提案し、屋敷の前庭を散歩することにした。
庭の中央にある噴水の水音を堪能しながら、ベントはコミス伯爵に追加投資の話を持ちかけた。
「次はスカイタクシーを開発しようと思っているんですよ。空を飛ぶ車です。シエンス共和国にもないもので、これが完成すれば移動技術はシエンスを越えられます」
「もう次の移動手段を出すのですか? 少しまえにエアバイク改を世に出したばかりですよ」
その言葉を聞いて、ベントはコミス伯爵の危惧するところを察した。
さっきの言葉は革新の早さへの驚嘆から出たものであると同時に、商売における懸念事項が浮かんだから出た言葉でもあるだろう。
「エアバイク改を高額で買った人たちから反感を買わないか心配しているのですか?」
「ええ。客層は貴族やごく一部の勇士たちです。信頼を失うような真似はしないほうが賢明です」
ベントは噴水に背を向けた。
そうしてコミス伯爵へと向けたその顔には微笑を浮かべていた。
「スカイタクシーは個人への販売はしません。公共の移動機関という位置づけにしたいと考えています。所有欲の強い富裕層の方々は、スカイタクシーが世に出たとしてもエアバイク改を購入したいはずです」
「なるほど。レンタル・ダロスみたいなものですか」
「そうですね。それにまだ開発に着手していないので、スカイタクシーが世に出るのはだいぶ先のことです」
ふたりはふたたび歩きだした。
風に乗って流れてくる草花の香りを肌に感じながら、色とりどりの花壇を眺める。
「ベント殿、私はエアバイク改で大きく稼がせていただきました。投資ぶんも回収できています。だから、追加投資もやぶさかではない……いえ、むしろ機会があるなら歓迎するような話です。ただ……」
「ただ?」
「これは単純に疑問を抱いただけなのですが、ベント殿もだいぶ稼いでいるはずでしょう? わざわざ私が投資する必要があるのですか?」
コミス伯爵はベントの顔を見つめている。
ベントは無表情。その頭の中ではどのような思考が巡っているのか、おそらく誰にも想像がつかないだろう。
「私の収益はシエンス共和国への対抗策につぎ込んでいるので、資金はいくらあっても足りません。発明品という資産はありますが、逆に言うと、それしかないのです」
最近ではオウギワシの搭乗型コンバットロボットの格納庫兼整備工場を造った。
それは第2の開発作業拠点でもあり、貴族以上の収入があっても、それ以上の出費となっている。
そのために、ベントはランク2ndの依頼を片っぱしから処理し、その報酬でマイナスぶんの補填をしているのだった。
「そうでしたね。我々はシエンスから国を守らなければいけない立場。むしろそちらにも私から資金提供すべきでした」
「いえ、そちらは気にしないでください。シエンス共和国への対抗策といっても、私の開発する武器や兵器は私個人の資産となります。王家に献上するつもりはないし、世に普及させるつもりもありません。だから、コミス伯爵には私の資金稼ぎの部分だけに投資いただきたいのです」
ベントはコミス伯爵から得た投資資金の用途を厳密に使い分けていた。
投資してもらったぶんはエアバイク改の開発だけに使用している。
エアバイク改の販売による収益は武器の開発費に回すが、それはあくまでベントが稼いだ金である。
「ベント殿……」
「どうしました?」
コミス伯爵は顔を伏せて目頭を押さえていた。
泣いているわけではない。難しい顔をしている。
「……いえ、何でもありません」
「そうですか。そろそろ戻りますか」
ベントが屋敷の方に向かって歩きだし、コミス伯爵も続いた。
だがコミス伯爵の足が止まり、それに気づいたベントは振り返った。
コミス伯爵はふたたびうつむいていた。悩ましげにひたいを指の腹で押さえている。
「ベント殿、やっぱり確認しておきたいのですが……」
「はい、何でしょう?」
「シエンス共和国を撃退したあと、まさかウィルド王国を乗っ取ったりしませんよね?」
ベントは無表情を崩した。
ニヤッと笑い、言葉を返した。
「そんなことはしませんよ」
ベントの笑顔はぎこちない。
それは単に表情筋が笑顔を作り慣れていないからである。
コミス伯爵が不安そうな視線を向けてくるので、ベントはすぐに表情を戻した。
コミス伯爵の顔は余計に青くなった。
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