第62話 種族間の確執②(リベールSide)

 ウォルグとギレスは近ごろウェアウルフの里に凶獣が頻出していると聞き、里を守るために里へと帰省していた。


 実際、里を襲う凶獣は非常に多く、異常事態ともいえる状況だった。


 里を襲撃してきた凶獣を狩りつくして落ち着いたころ、ひとりのエルフが里を訪ねてきた。


 彼は里長から任命された使者なのだという。


 彼の話によるとエルフの里にも凶獣が頻出しているらしい。


 そしてエルフはウェアウルフたちが凶獣をけしかけているのではないかと疑っていた。


 凶獣たちは東からやってきている節があり、ウェアウルフの里より西にあるエルフの里がそれを疑うのは理解できない話ではない。


 ウェアウルフの里としてはまったくその意思はないと否定したが、エルフは「ならばその証として凶獣を取りこぼすな。でなければ宣戦布告とみなす」などと言ってきた。


 それはあまりにも無茶で横暴な要求である。


 結局、ウェアウルフの里長は「我々にエルフに対する敵意はない。だがそちらが戦争をしかけてくるのであれば全面的に対抗する」と言って使者を追い返した。


 一連の事情を聞いたホーリスはふたたびウォルグをにらみ上げた。


「それが理由ならボクどころかディーアも関係ないじゃないか」


「関係ないわけあるか! 同じエルフ族だろうが」


「キミは自分の知らないウェアウルフ族が悪さをしたら責任を感じるのか?」


「ああ、感じるとも。エルフ族と違って誇り高い種族だからな」


「だとしたら種族の違いで完結しているじゃないか。エルフ族をウェアウルフ族のものさしで測るな」


 ホーリスのその言葉でウォルグが眉間に深いしわを刻み、鋭い牙をむき出しにした。


 ただでさえ高かった緊張感が一気に天元突破した。


 こうなってしまうと、もうギレスでも止められない。


 あいにくとふたりを止められる可能性のある人物はここにいない。

 ギルドマスターも、ランク1stのセルフィートも、いまは不在だった。


「ホーリス、俺と決闘しろ! 俺がおまえに初めての敗北を刻みつけてやる!」


 凶獣なんかよりもずっと恐ろしい顔でホーリスをにらみつけるウォルグ。


 しかし、対するホーリスは笑っていた。


 笑いをこらえながら彼女は言った。


「それは不可能だ」


 その瞬間、ウォルグは激昂した。


 ホーム内だというのに怒りの咆哮をあげた。


 ホーリスを除く全勇士が頭を伏せた。


「調子に乗るなよ、ホーリス! 俺はおまえより強い。絶対にだ。それでもランク1stだからとおまえを対等な存在とみなしていたのだ。それなのに、俺はおまえに格下だと思われていたのか!」


 直接戦ったこともないのに、まるで自分のほうが強いことを知っているかのようなホーリスの物言い。


 強さに関してプライドの高いウォルグが荒ぶるのも仕方がない。


 ホーリスはふたたび笑った。


 その笑いにウォルグを馬鹿にした様子はない。

 何かがおもしろくてクスッと笑ったのだ。


「すまない、ウォルグ。そういうことじゃないよ。ボクはもう負けたんだ。キミはベント・イニオンに先を越された。だから不可能だと言ったんだ」


「何だと?」


「僕はもう無敗の存在ではないと言ったんだ。だから、たとえキミがボクに勝ったとしても、それは手垢のついた勝利だよ」


 ウォルグの目は大きく見開かれ、呆けたように口が半開きになった。


 ピオニールに在籍するランク1stはマスターを含めて4人。

 その誰もが互いに戦ったことがなく、その4人全員が無敗の勇士だった。


 それは最強ギルドを伝説たらしめる逸話のひとつでもあった。


 その看板が己の知らぬ間に崩れ去っていたとなれば、さすがのウォルグもそのような反応を示して当然といえる。


「ホーリス、いま、誰に負けたと言った? セルフィートか? マスターか?」


「ベント・イニオンだよ。ボクは彼に指一本触れることができなかった。彼は強いとか弱いとか、そういう次元にはいない。一方的に制圧される。まさにシエンス共和国とウィルド王国の関係そのものだ」


 リベールから見たホーリスは、負けたというのにどこか楽しそうだった。


 なんとなく抱えたモヤモヤに動かされ、リベールはホーリスにボソッと尋ねた。


「ホーリス……まさか、ベントにれたのか?」


「ん……? まあ正直、彼の手際には惚れ惚れしたよ」


「…………」


 険しい顔で黙り込むリベール。


 そこにウォルグの視線が向けられた。


「リベール」


「は、はいっ!」


 突然呼ばれてリベールの心臓が跳ねた。

 その拍子に心のモヤは吹き飛んだ。


 ウォルグはもう怒ってはいない。

 だがランク1stというだけで畏怖は大きい。


 ホーリスの場合はランクを知らずに仲良くなったことと、彼女が親しみやすいことが手伝って仲良くなれたが、リベールはほかのランク1stには絶対に自分から話しかけない。


「おまえ、ベント・イニオンと同郷の科学者なんだろう? ちょうどベント・イニオンに関する情報を買ったばかりだ。その情報を元にベント対策をしろ」


「で、でも……」


「何だ?」


「設備がないと……無理です……」


 リベールの声は尻すぼみに小さくなり、背も丸くして縮こまっている。


「金は俺が出す。ランク1stの財力で惜しまずに投資してやる。だから完璧に対策しろ」


「え、わ、わかりました……」


「ベント・イニオンの情報はギレスから聞け」


 言い終えると、ウォルグはホームの奥へと姿を消した。


 うしろに座っていたギレスがリベールの横に座りなおし、ウォルグの姿が見えなくなったことを確認してから言った。


「よかったな、リベール。これでおまえも本領を発揮できるぞ」


「あ、ああ、まあ……」


 歯切れの悪いリベールの肩に、ウェアウルフの重い手がズシリとのった。


「なあ、リベール。兄貴の機嫌が悪かった理由の半分は、フォルマンの野郎が同族相手に高額で情報商材を売りつけてきたからなんだ。だから、失敗できねーぞ」

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