第61話 種族間の確執①(リベールSide)
ピオニールのギルドホーム内の一角で、リベール・オリンはテーブル上に数枚の依頼書を広げていた。
どれもランク5th向けの依頼である。
ピオニールにはランク4th以下の勇士はリベールしかいないため、依頼はよりどりみどりの選び放題だった。
リベールが3つの依頼にしぼってどれにしようかと迷っていると、ホームに入ってきたホーリスがそこへ直行してきた。
リベールは慌てて広げていた依頼書を裏返した。
ホーリスは対面にドカッと座ると、リベールの目を真剣に見つめてきた。
「リベール。キミはエアバイク改の製造工場に侵入したのか?」
「えっ!?」
あまりにもド直球に訊かれたので、リベールは息を詰まらせた。
ピオニールで肩身の狭い思いをしているリベールにとって、ホーリスは数少ない味方だった。
そんな彼女に嫌われたくなくて、リベールは頭を高速回転させて悩んだ。
誠実さを好む彼女には正直に話したほうがいいだろうか。
事実を知られると嫌われるだろうか。
いや、正直に話したほうがいいに違いない。
「侵入……してない」
リベールは土壇場で嘘をついてしまった。
後悔の念に襲われるが、いまだにどちらが正解なのか計りかねて頭の中がグルグルしている。
「そうか。キミを信じよう。ピオニールはウィルド王国の顔とも呼ばれるギルドだ。犯罪者なんかいてはならない」
どうやら正解を引いたらしい。
リベールはホーリスを騙した罪悪感に心がしめつけられる思いだったが、それを誤魔化すため憎まれ口を叩く。
「放っておいてくれって言っただろ。調べに行ったのか?」
「ああ。工場までは行ったが、中は調べさせてもらえなかった」
ホーリスが申し訳なさそうにしているのを見て、リベールは余計に心苦しくなった。
そのとき、ひとりのエルフがホーリスの隣まで歩いてきた。
髪も瞳も服も緑の
緑でないのは白い肌と赤いケープくらいのもの。
「師匠、自警権を行使すればよかったのでは?」
ホーリスを師匠と呼んだ彼女はディーア・テスという。
ホーリスに憧れて得物を弓から剣に持ち替えたランク2ndの勇士である。
「自警権は行使したよ。向こうも自警権を行使してきて負けたんだ。戦うまえに制圧されて何もさせてもらえなかった」
それを聞いたディーアはのけぞって硬直した。
リベールの驚きも同様で、座ったままのけぞっていた。
ランク1stの剣聖ホーリスが負けたとあっては、その驚きも当然のことである。
「誰です? 誰にやられたんです?」
ディーアが今度は前のめりになって訊いた。
ホーリスは彼女の肩を押し返しながら答えた。
「ギルド・プログレス所属の勇士、ベント・イニオンだ」
「ベントだって!?」
リベールはのけぞりが2倍になって椅子から転げ落ちた。
のそのそと起き上がるその様を見て、ホーリスは苦笑しながら言った。
「大丈夫か、リベール? キミからはベント・イニオンの話をよく聞いていたが、彼はキミが言うよりもずっと紳士的な人だったよ。容赦はないが、いい人そうだった」
リベールは押し黙った。
スローモーションのように時間をかけて椅子に座り、座ったあとも何も言わなかった。
ディーアがホーリスに向かって口を開きかけたとき、ギルドホームの扉がドンッと乱暴に開けられた。
ホームにいたすべての勇士が視線をそちらに向ける。
開いた扉からは、ふたりのウェアウルフが無言で入ってきた。
そのままホームの中央を通り抜けていく。
「チッ」
前を歩いていたウェアウルフがホーリスたちの方に向けて舌打ちをした。
その鋭い視線をたどると、舌打ちの矛先はどうやらディーアのようだった。
「ウォルグ、それはさすがに感じが悪いんじゃないか?」
ホーリスが立ち上がり、ディーアの前に出て鋭い視線をさえぎった。
巨躯を見上げて鋭い視線を返す。
彼女がウォルグと呼んだウェアウルフは、うしろに控えるギレスの兄であり、ホーリスと同じくランク1stの勇士である。
上体をはだけさせた弟とは異なり、ピオニールを象徴する赤に金の装飾が入った戦士服をカッチリと着ている。
黒いマント、弟よりも濃いグレーの毛並、獣特有の黄色い縦長の瞳孔、そのどれもが彼の威圧感を後押ししている。
「はぁ……」
ウォルグの背後でギレスが面倒くさそうに首を振り、リベールのうしろの席にドカッと座った。
ウォルグは弟を気に留める様子もなく、威圧に満ちた視線をホーリスへと向けた。
「でしゃばるな。おまえには関係ない」
「ディーアはボクの弟子だ。関係ないかどうかを判断するには事情を聞く必要がある」
「チッ、堅物が!」
一触即発。
ふたりの仲裁をできるとしたら、どちらとも関係の深いギレスかマスターしかいない。
この状況を見かねたのか、ギレスが面倒そうに事情の説明をはじめた。
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