第60話 自警権の行使②
ランク5thのベント・イニオンに相対するのは、ランク1stの剣聖ホーリス・ウォルド。
ランクの差を
しかし、ホーリスはベントを
彼女の視線がそれを物語っている。
明らかに全神経を集中して警戒している。
雨がやんだ。
その瞬間、ベントがポケットから銃を取り出してホーリスに向けた。6つの銃口が円状に並んだ撃音波銃である。
ベントが指に力を込めた瞬間、ホーリスが動いた。
速い。
ベントが引き金を引いたときには、すでに彼女は射線上にはいなかった。
「わっ! な、なんだ!?」
ホーリスは左に跳んだあと、左脚をバネにしてベントとの距離を詰めようとしたが、前方には跳べなかった。
地面に左足を取られ、勢い余ってこけた。
それだけではない。ホーリスの体が地面にくっついて起き上がれなくなっていた。
「なんだ、これ! どういうこと!?」
ホーリスが唯一自由な顔を上げてベントを見上げた。
だがそのときにはもうベントは六つの銃口を彼女の眼前に据えていた。
「さっき降ったのは雨じゃないんですよ」
ベントはすぐには撃たなかった。
ホーリスは撃たれる覚悟を決めたように目を閉じてうつむいたが、ベントが語りだしたので、ホーリスは目を開けて視線と耳をベントに向けた。
「脳波連動型粘着液スプリンクラー・ドローン。通称、粘着ドローン」
ベントは波銃を引き上げてホーリスの視界を開放した。
上空には機械が飛んでいる。
ベントがそれを見上げると、ホーリスもそれに追随した。
その直後、ベントの視界の端でホーリスが身をよじって拘束から抜け出そうとした。
だが彼女の体は
ベントが
ベントはもうホーリスを警戒していない。
油断して隙を見せているのではない。完全に決着がついたことを知っているのだ。
「さっき降っていたのは、あのドローンが散布していた粘着液です。粘着液は空気に触れると瞬間接着剤に性質を変化させ、触れたもの同士を固着させます。粘着液は保存状態では凝固して個体状態になっているので、ドローンが小さくてもたくさんの液を出すことができます」
「いつのまに動かしていたんだ? あれを操作しているようには見えなかったが」
「脳波連動型なので、脳内で命令すればドローンが私の脳波を拾って想像どおりに動いてくれるのです」
首が疲れたのか、ホーリスが頭も地につけた。
もちろん、彼女の頭は地面にくっついて動かなくなった。
「粘着液はキミも浴びていただろう。なぜキミだけ自由に動けるんだ?」
ホーリスが訊くと、粘着ドローンの近くに別の飛行物体が飛んできた。
「脳波連動型剥離液シャワー・ドローン。通称、剥離ドローン。粘着ドローンの接着剤を剥がす剥離液を出します。こちらはシャワーのように局所的に液を散布しますが、範囲を広げることもできるんですよ」
ベントの説明を再現するように、剥離ドローンが液体を散布しはじめた。
ホーリスの体が自由を取り戻しはじめる。
しかし、完全に解放されるまえに剥離液の雨はやんだ。
ベントがホーリスに波銃の銃口を向けた。
ホーリスにはなすすべがない。
彼女には目を閉じて歯を食いしばることくらいしかできない。
「…………」
ベントがなかなか撃たないので、ホーリスがゆっくりと目を開けた。
ベントはまだ銃口を彼女に向けている。
「ホーリスさん、仲間想いなのはいいですが、感情にとらわれて道理を見失ってはいけません。たしかに彼らの暴行はやりすぎかもしれませんが、あなたのところの勇士が侵入したのはウィルド王国に技術革命をもたらす重要な施設です。はっきり言って大罪です。私も侵入者を許したくはありません。ですが、ここはお互いに不問ということで手を打ちませんか?」
完全に敗北した以上、ホーリスはベントから一方的な要求を出されても仕方がない立場にある。
しかしベントは譲歩した。
ホーリスにはベントの提案を飲む以外の選択肢はない。
「わかった。手を引くよ。敗者に我を通す権利はないからね」
「賢明なお方のようで何よりです」
ベントは波銃を引っ込めた。
白い容器のスプレー缶を取り出し、ホーリスの剣にそれを吹きつけてから立ち上がった。
「いまのは?」
「これはスプレー式強制反発マグネタイザー。通称、反発スプレーです。保険のようなものなので、気にしないでください」
ベントが離れてから剥離ドローンが剥離液を散布しはじめた。
ホーリスの体と石材との接着があっという間に解消されていく。
立ち上がったホーリスは剣を鞘に納めると、全身を触って自分の状態を確かめた。
水浸しにはなっているが、ベトベトはきれいに取れている。
ベントの発明品には「玉に
ホーリスの驚く顔を見て、ベントはひそかに実用実験の成功を喜んだ。
「いまさらだが、キミがベント・イニオンか?」
「はい」
「そうか……」
ホーリスがフッと笑ったので、さすがにベントも気になった。
「どうしました?」
「いや、人づてに聞いた話はあてにならないことを実感しただけだ。ボクはこれで失礼するよ」
ホーリスはアローゴに乗って、さっそうと去っていった。
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