第2章 剣聖ホーリスと風の射手アルチェの救国
第59話 自警権の行使①
エアバイク改の工場作業員に呼ばれてベントが工場に行くと、そこでは高い日差しの下でふたりの人間がにらみ合っていた。
ひとりは紫の作業着を着た白髪白ひげで褐色肌の大男、ジオス・アウトロ。
もうひとりは白いブレストプレートの上から赤いケープを羽織った赤髪碧眼の美しい女性。
左腰には剣を携えている。
ふたりに近づいたベントは、赤髪の女性のほうに話しかけた。
「何事ですか? あなたはどちら様?」
「ボクはギルド・ピオニールの勇士でホーリス・ウォルドという者だ」
彼女の視線は鋭い。
丁寧に名乗ったわりに、頭を下げることもなければ握手も求めてこない。
警戒心を高めるベントに、ジオスが耳打ちした。
「こいつ、剣聖ホーリスっすよ。ランク1stの剣士っす」
ベントは情報提供への謝意として黙ってうなずいた。
「それで、ピオニールの勇士さんがこんなヘンピな所に何の用です?」
「先日、ピオニールの勇士がひどい暴行を受けて帰ってきた。脅されたのか、本人は何も言わないので、ダロスの足取りをたどったらここに行き着いた。建物の中を調べさせてもらいたい」
ウィルドのロバことダロス。その姿は見当たらない。
彼女が連れているのはウィルドの馬ことアローゴ。ダロスではない。
足取りをたどったというのは、アローゴにダロスのにおいを追跡させたということのようだった。
ベントはジオスのほうに振り返って尋ねた。
「ジオス、心当たりは?」
「ピオニールの勇士に暴行なんかしませんて。以前、工場に侵入してきた賊をボコったくらいで、ほかには誰にも暴力はふるってねえです」
ジオスは委縮していた。
ベントは冷ややかな視線のまま、その向きを元に戻した。
「その賊というのが、あなたのところの勇士ではないですか? 侵入したのなら自業自得でしょう」
ベントの鋭い視線に対し、ホーリスは真っ向からぶつかった。
「仮にそうだったとして、建造物侵入と暴行とは別の罪だ。それぞれがそれぞれの量刑で裁かれるべきだ」
「侵入したということは、そのあとに何かをしようとしたということです。窃盗か、破壊工作か……何にせよ、建造物侵入罪に加えて何らかの未遂罪が加わります。それぞれを裁くのなら、我々はその方を尋問する必要が出てきます」
「暴行した加害者に被害者を引き渡せるわけないだろう!」
ベントは悟った。ホーリス・ウォルドとは話し合いによる解決はできないと。
ベントは尋問という言い方をしたが、工場侵入の目的はバカ正直ショックで簡単に聞きだすことができる。
だから拷問をするつもりはない。
しかし彼女は信用しないだろう。
そもそも彼女は建造物侵入の罪を軽視しているきらいがある。
「おいおい、自分だけ調べさせろとは都合がよすぎるぜ」
ジオスが眉間にしわを寄せてホーリスをにらむが、ホーリスがその鋭い視線をジオスに向けると、ジオスはふたたび萎縮してベントの後方に下がった。
ホーリスはベントに視線を戻すと、腰の剣に手をかけた。
「自警権を行使する。暴行事件の調査のため、力ずくで工場内部を調査させてもらう」
ホーリスが剣を抜き、切っ先をベントに向けた。
その直後、まるで天気が呼応するかのようにサーッと雨が降りだした。
「自警権、ですか……」
ギルドの勇士には警察行動を取る権利が与えられており、それを自警権という。
ウィルド王国では王家が法律を制定し、領主に仕える騎士かギルドの勇士が自警権を行使して取り締まりや捜査をおこない、領主が裁判をおこなう。
シエンス共和国のように警察という組織が存在しないため、ウィルド王国では必要に応じて騎士や勇士が警察行動をおこなうのである。
「抵抗するのであれば痛い目を見てもらう。もちろん殺しはしないが、全身が切創だらけになって風呂に入るのがつらくなるぞ」
ベントは両手をポケットに突っ込み、ゆっくりと首を左右に振った。
「精密機器がたくさんあるので部外者を入れるわけにはいきません。私も自警権を行使して、建造物侵入を試みる賊を排除します」
緊張感に満ちたふたりの視線が交錯する。
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◆キャラクターイメージ②(第1章後半~第2章)
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