第55話 巨獣大戦闘①

 カリナーリはフルヘルムを被っていない。頭部が露出している。


 ベントは白衣のポケットから波銃を取り出し、カリナーリへと向けた。


 その瞬間にカリナーリも動いた。

 くら代わりの椅子のうしろにフルヘルムを隠していたようで、すぐさまそれをかぶった。


 ベントはさらにポケットから催隷スプレーを取り出し、波銃とあわせて構えた。


 すると今度は椅子の四脚にかかっていた垂れ布をめくり、椅子の下に隠していたサーキュレーターを作動させた。


 ここまではベントも予想していた。

 バーキングの幹部3人衆が対策していたことを、ギルドマスターのカリナーリが怠るはずがない。


 ベントは両手の得物をポケットにしまい、今度は吸急カイロを取り出した。

 幹部3人衆にはこれで勝っている。


「あらぁ、ベントちゃん! あなた、コンちゃんと近接戦闘をする気なの? それはコンちゃんを舐めすぎよぉ」


 カリナーリが言うや、凶獣コンダの頭がものすごい瞬発力で突っ込んできた。人が反応できる速度ではない。


 ベントは反応できなかったが、AIMSは反応した。


 AIレンズから命令を下されたAIスーツが自動で防御姿勢をとる。


 右腕が頭部を、左腕がエアスーツの飛行ユニットを覆う。


「くっ……」


 ベントはふっとばされた。


 ダイスーツが腕への衝撃を全身に分散させてくれたので、腕の骨折は免れた。


 だが頭突きの衝撃は大きかった。一緒に飛ばされたエアバイク改もボディがひしゃげている。


「あらぁ! ベントちゃんのうめき声ゲットォ! ベントちゃん、感想は? いまどう思った?」


「ずいぶんと嬉しそうですね。親にほめられてはしゃぐ幼子のようで、少しかわいらしいと思ってしまいました」


「あっそ」


 カリナーリの煽りに対する回答はいかにもベントらしいものだったが、実際にはベントは別のことを考えていた。

 もちろんそれは悔しいとか恥ずかしいとか、そんな感情的なことではない。


 頭脳を高回転させ、ひたすら敵の戦力を考察していた。


 太陽系地球の文献では、蛇が頭を動かして噛みつくまでの時間は0.1秒にも満たないという。


 だが凶獣コンダは蛇とは違う。


 目の前の敵はかなり巨大だし、重そうな鱗の鎧を着ているし、頭にカリナーリを乗せている。

 そんなに早く動けるはずがない。


 そのはずだった。だが凶獣コンダは頭突きで十メートル以上の距離を一秒もかけずに詰めてきた。


 凶獣コンダの加速度は相当なものになるはずで、カリナーリはとてつもない衝撃を受けたはずである。

 それなのに彼は元気そうにしていた。


 ベントはエルフを人間と同列に考えてはいけなかったと認識を改めた。


 さいわいなことは、凶獣コンダの口が兜で覆われているということである。ふさがれた口では噛みつけない。


 せっかくベント対策として体表を鉄板の鱗鎧で覆っているのに、口を開ければそこが弱点になってしまう。

 だから噛みつきはない。


 太陽系地球の蛇には牙から毒を飛ばす種もいるらしいが、この凶獣コンダに限ってはそれもあり得ない。


 ベントはエアスーツで空に向かって上昇する。


 いちばん警戒すべきは叩き潰し。速度を伴った巨体と硬い地面に挟まれたら即死は必至。


 空にいれば最悪の事態は回避できる。


「上を取る気ね? させないわよぉ」


 ふたたび凶獣コンダの頭突きが飛んできた。


 だがベントのAIは学習している。


 凶獣コンダの予備動作から攻撃の軌道を予測し、AIMSと連携したエアスーツが自動で飛行軌道を変えた。


 さらにAIがベントの体を反らせる。


 すぐ目の前を凶獣コンダの頭が通過した。


 さすがのベントもヒヤリとしたが、いまこの瞬間、思いがけないチャンスが訪れていた。


 凶獣コンダの腹が目の前にある。


 ベントは吸急カイロを持った手を伸ばす。


 シャァアアアアッ!


 凶獣コンダの威嚇音が聞こえたと思った次の瞬間、その巨体がグルンと回転した。


 遠心力で開いた鎧の鉄板がベントの左半身に直撃し、下方へと弾かれた。


 地面に激突しそうになったが、AIがエアスーツを操作してベントの体を止めてくれた。


「ベントちゃん、これを恐れていたんでしょう?」


 凶獣コンダの長く太い尻尾が高く持ち上げられていた。


 叩きつけがくる。


 2mの太さが頭突きのような速度で落ちてきたら避けられない。


「エアバイク改、アクセス!」


 ベントのその言葉でAIMSがエアバイク改に遠隔でアクセスした。


 エアバイク改をどう動かすかはAIにゆだねることになるが、エアバイク改はベントの狙いどおりの動きをしてくれた。


「シャァアアアアッ!」


 カリナーリが凶獣コンダの威嚇音を真似た声を出した。


 同時に凶獣コンダの尻尾が振り下ろされる。


 ガンッ!


 リミットを外されたエアバイク改が最高速度で凶獣コンダの尻尾に突撃し、その動きを一瞬だけ止めた。


 エアスーツがエアバイク改の飛んできた方向にベントの体を飛ばす。


 ドゴォオオオン!


 巨大な尻尾が大地を激しく揺らした。


 ベントの回避は間に合っていた。


 すぐ横に緑の鉄板がある。


 ベントは手に持っていた吸急カイロをペトッと貼り付けた。


「お返しです」


 シャァアアアアッ!


 急な熱を感じて凶獣コンダは尻尾を引いた。


 尻尾が横たわっていた場所にはペシャンコになったエアバイク改があった。


 油圧プレスで押しつぶしたかのように平べったくなっている。


「コンちゃん、落ち着きなさい! それも対策済みよ」


 混乱した凶獣コンダが持ち上げた尻尾を振り回していたが、ガコンという音がして緑の鉄板が剥がれ落ちた。

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