第54話 巨獣の侵攻②

 5人が凶獣コンダの前まで来ると、凶獣コンダの前進は止まった。


 その凶獣コンダは普通の凶獣ではなかった。


 大きい部類の個体よりさらに4倍近く大きいが、それだけではない。

 完全に飼いならされた個体だったのだ。


 その巨体の緑は凶獣コンダの体色ではない。


 緑色に塗装された鉄板のようなものが、腹以外をすべて覆うようにビッシリと貼り付けられていた。


 まるで鱗の鎧である。


「あらぁ、グイルちゃん。お久しぶりねぇ!」


 遥か上方に持ち上げられた凶獣コンダの頭上に彼はいた。


 オールバックに固めた深緑の髪と、同じく深緑の瞳、そして尖った耳。


 白いエプロンがトレードマークのその男は、カリナーリ・アルテ。バーキングのギルドマスターである。


 凶獣コンダの頭上には玉座のごとき豪奢ごうしゃな椅子がくらのように取り付けられている。


 彼はそこに足を組んで座っていた。


「カリナーリ、何をしにきた! 何なんだ、その怪物は!」


 グイルが言葉を返すと、カリナーリは組んだ足を下ろして立ち上がった。緑のケープを風にはためかせている。


「この子はコンちゃんよ。赤ん坊のころに拾って我が子のように育ててきたボクちんのペット。かわいいでしょう?」


「その怪物で伯爵領を蹂躙じゅうりんする気か? そんなの、国家反逆の所業だぞ!」


「そんなこと、するわけないじゃなーい! ボクちんがやってきた目的はただひとつ。目障りなポディを1匹、しばきに来ただけよ」


 ウィルドのネズミことポディ。プログレスのシンボルであり、プログレスの勇士を指す。


 カリナーリの標的は明らかにベント・イニオンだった。


 ベントはエアバイク改を降り、その白衣姿を彼の前に晒した。


「バーキングのマスターさん、狙いは私ですよね?」


「ベントちゃーん! そうそうそう、そうよぉ! この子、コンちゃんは、ピオニールのランク1stに対抗するための秘密兵器だったんだけど、あなたのために特別にお披露目することにしたのよぉ」


 カリナーリがギラついた笑みをベントへ落とす。


 ベントはそれを無視し、うしろの4人の方に振り返って言った。


「マスター、フォルマンさん、アルチェさん、クレム君、下がっていてください。指名をいただいたので、私ひとりで対処します。あ、私のエアバイク改はそこに放置していただいて構いません。帰りは飛んで帰るので」


 4人は一瞬ポカンとしたが、グイルとフォルマンが慌ててベントを引きとめる。


「いやいやいや、待て待て待て! ベント殿、あんな怪物とどう戦うつもりだ?」


「マスターの言うとおりだ。見たところ、あの凶獣コンダは波銃や小型GESの対策もきっちりとしているぞ」


 その一方で、アルチェはクレムとともにエアバイク改で移動する体勢に入っていた。


「それじゃあ、3人にお任せするわねぇ。あたしとクレム君はか弱いからぁ」


「おい! クレムはともかく、アルチェ、おめぇはランク3rdだろうが!」


 フォルマンがすかさず噛みつくが、ベントが強めの咳払いを差し込んだ。


「すみません。マスターとフォルマンさんも下がっていてもらえますか? ひとりで戦うほうが私の負担は軽くなります。ふたりをかばっていると、それだけで手一杯になってしまいますから」


「お、おう……そうか……」


 フォルマンは肩を落としてクレムのあとに追従した。


 アルチェはクレムを引き連れてひと足先に退散していた。


「ベント殿。俺も下がるが、もし俺たちの手が必要になったら、すぐに声をかけてくれ」


「わかりました。ありがとうございます」


 グイルもフォルマンに続いた。


 4人はじゅうぶんな安全マージンをとって、そこで観戦モードに入った。


 ベントがカリナーリを見上げると、彼は凶獣コンダの頭上で仰向けに寝そべってコンダの頭を撫でていた。


「バーキングのマスターさん、いつでもかかってきていいですよ」


 ベントの声に反応したカリナーリは、寝返りをうってうつ伏せになった。


「ベントちゃーん! あなたの腸でウインナーを作ってあげるわ!」


 凶獣コンダの眉間にあごをのせ、凶悪な笑顔で舌を出した。


 凶獣コンダも緑の巨大兜の隙間からチロチロと舌を出している。


 まるで親子。ひとりと1匹は、おそろいのスプリットタンだった。

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