第52話 ひとつの因果応報で済むとは限らない(リベールSide)

 深夜。


 黒い服で固めたリベールは、ウィルドのロバことダロスに乗って伯爵領を移動していた。


 目的地はエアバイク改製造工場。


 身ひとつで追放されたはずのベント・イニオンには、エアバイク改を開発したり、凶獣リノセロを討伐したりできるはずがない。

 リベールはその秘密を探りにエアバイク改製造工場に潜入しに行くのだ。


 どうせなら工場で細工をしてエアバイク改に不具合を起こさせ、ベントをおとしいれたいとすら考えていた。


 リベールがエアバイク改製造工場を見つけたとき、すでにもうじき陽が昇るという時間になっていた。


 ギルド・プログレスのホームの近くにあると思っていたら、意外と離れた所にあって見つけるのに時間がかかった。


 リベールは近くにあった木にダロスをつなぐと、工場の周りを見て回った。

 どこか侵入できる場所はないかと探す。


 事務所の入り口とエアバイク改の搬出口はしっかりと施錠されていた。


 ほかに入れそうな所といえば、高い位置にある窓くらいのもの。

 ほとんどの窓は閉まっていたが、1ヶ所だけ開いていた。


 しかし、窓が高くて簡単には入れそうにない。


 何度か助走をつけてジャンプしたが、窓枠にぶら下がるのが精いっぱいだった。


 リベールは仕方なくダロスを連れてきて、その背中を踏み台にした。


「どうか逃げないでくれよ……」


 さいわいにもダロスはおとなしくしていた。


 リベールは小さな窓枠に頭から入った。


 硬い窓枠でこする腹の痛みを我慢しながら腰まで入ると、重力が中に引き入れてくれた。


「イテッ!」


 窓の下に落下すると、そこに誰かいたらしく、野太いうめき声が聞こえてきた。


 深夜の工場にまさか人がいるとは思わず、リベールは慌てた。


 だがもうすべてが遅かった。


「おい、電気つけろ!」


 さっきの野太い声が叫び、すぐに電気がつけられた。


「え……」


 リベールが侵入した部屋は作業員の就寝部屋だった。

 彼らは泊まり込みで働いていたのだ。


 寝ていた男たちがぞろぞろと起き上がってリベールを取り囲むように集まってくる。


「誰だ、こいつ」


「賊だ。さっきこいつに腹を殴られた」


 リベールはさっき、この男の腹の上に落ちたのだった。攻撃したつもりはまったくない。


 リベールは慌てて弁解する。


「ち、違う! 窓から入ったら、たまたまあんたの腹の上に落ちただけだ!」


「やっぱり賊じゃねぇか! おい、てめぇら、侵入者だ! もてなしてやるぞ!」


 リベールは肉体派の男たちにボッコボコに痛めつけられた。


 顔を殴られ、倒れたところを腹、背中、尻、脚を蹴られ、頭を踏みつけられた。


 半殺しにされたところでリベールは工場をつまみ出された。


 侵入した窓の下まではいずり、待たせていたダロスにどうにか乗る。


 ピオニールへと帰りながら、こんな無様な姿になった理由をどう説明しようかと考えたが思いつかなかった。


 リベールがピオニールのギルドホームに着いたころには、もうすっかり陽が昇っていた。

 勇士たちはすでに活動を開始している。


「どうしたんだ、リベール! ボロボロじゃないか!」


 ギルドホームに入ったリベールを最初に見つけて駆け寄ってきたのは、赤髪の女勇士、ホーリス・ウォルドだった。


 彼女はアザだらけのリベールに肩を貸し、ホームの中を進んだ。


 空いている長椅子を見つけると、そこにリベールを寝かせた。


「ひどいな、これは……。誰にやられたんだ?」


「いや、何でもないんだ。放っておいてくれ」


 ホーリスはリベールの両肩をガッシリとつかんだ。

 彼女の目は凶獣討伐でも始めそうなほど鋭い。


「弱みでも握られているのか? とんでもない外道だな!」


「違う。そういうわけじゃない。ちょっとしたトラブルに巻き込まれただけだ。だから……」


 リベールはホーリスにつかまれた肩が痛くて顔をいっそうしかめた。


 ホーリスはそれが自分のせいだと気づいていないようで、彼女につかまれた肩の痛みがさらに増す。


「いや、そうだとしても暴行犯を野放しにしてはおけない。ボクがとっ捕まえてやる!」


「ホーリス、離してくれ! 女性とはいえ、ランク1stの力でつかまれると肩が痛い」


「あ、すまない……」


 ホーリスは慌てて手を離した。


「いや、いい。ホーリス、心配してくれてありがとう。でも放っておいてくれ。べつに無差別の暴漢に襲われたわけじゃない。これは自業自得なんだ。不甲斐ない俺をこれ以上みじめにしないでくれ……」


「そうか。わかったよ……」


 ホーリスは怖い顔のまま立ち去った。


 恩人に嫌われたかもしれない。


 リベールは腕をアイマスクのように顔にのせ、その下でひそかに泣いた。

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