第51話 経験者は語れない(リベールSide)

 ピオニールのギルドホーム前。


 赤い旗がはためいているその下で、リベールはウェアウルフのギレスと紫色の作業着を着た男とのやり取りを眺めていた。


 紫色の作業着の男はふたりいて、ひとりはウィルドの牛ことラダに乗っている。


 ギレスから代金を受け取った男がラダのうしろにつながれた台車に乗り込むと、ラダに乗っていた男が鞭を打ち、ふたりはやってきた方角へと帰っていった。


「いやぁ、買っちまったなぁ! 高い買い物だったぜ……」


 ギレスの前にあるのはちまたでうわさになっているエアバイク改だった。


 珍しいものを見ようと赤いケープを着た勇士たちが集まってくる。

 リベールもその中のひとりだった。


 ギレスがエアバイク改にまたがると、数人の勇士が笑い声をあげた。


「ははは。ウェアウルフにエアバイク改は似合わねーな」


「だよな。エアバイク改がオモチャに見えるぜ」


 エアバイク改に夢中のギレスは「うるせー」と声だけを返した。

 座る位置を調整したり、ハンドルの持ち方を変えてみたりしている。


「ギレス、俺がエアバイクの乗り方をレクチャーしよう。シエンスにいたころは俺もエアバイクに乗っていたからね」


 リベールがギレスに近づき、おもむろにエアバイク改のハンドルへと手を伸ばす。


 その手首をウェアウルフの太い手が素早くつかんだ。


「リベール、必要ない。説明はさっきのやつらから聞いた。難しくはない」


「痛い! 離してくれ」


 リベールの表情は苦悶に染まっていた。


 ギレスが手を離すと、リベールは背を向けて手首をさすった。


「強かったか? すまん……」


 謝るギレス。


 対するリベールは、背中を向けたままボソッとつぶやいた。


「そんなに強くつかまなくても……」


 リベールはそれをギレスに言ったつもりはなかった。


 だが、ウェアウルフの耳が聞き逃すはずはない。


 募らせていたイラ立ちを開放するように、ギレスが本音をぶちまけた。


「ときにリベール、なんでおまえは消費者側に納まっているんだ? 俺がおまえをピオニールに勧誘したのは、シエンス出身の開発者としての期待があったからなんだが」


「…………」


 リベールは言葉を返さなかった。


 いままで友好的だったギレスの本音にショックを受けていた。

 友人のように思っていた相手がこんなことを考えていたとは、にわかには受け入れがたい。


 ギレスの口撃はまだ続く。


「ベント・イニオンとは同僚と言っていたよな? ベントのほうはエアバイク改なんてスゲーもんを開発したっていうのに、一方のおまえは何をしている? 何もしてないよな?」


「そ、それはっ、環境が! 開発環境が整っていないから!」


 リベールは思わず振り向き、ギレスをにらみつけた。

 顔を赤くして、わなわなと震えている。


「それは向こうも同じはずだろ。ベント・イニオンはシエンス共和国から追放されたって言ったのはおまえだよな? それであちらさんだけ環境が整っているってことはないだろ」


「それは、そうだけど……。でも環境が整っていなけりゃ開発なんてしようがないじゃないか。ベントのやつはどんな裏技を使ったか知らないが、環境を手に入れているから好きなように開発ができるんだ」


 ギレスはゆっくりと首を横に振った。まるで聞き分けのない子供に呆れる親のように。


「それにおまえ、いつまでランク5th向けの依頼をせこせことこなしているつもりだ? ベント・イニオンはランク2ndの依頼を日常的にこなしているらしいし、凶獣リノセロすら倒したらしいぞ」


「…………」


 リベールはまた黙った。


 リベールにはベントがどうやってそんな偉業ともいえることをやってのけているのか、皆目見当がつかなかった。


 ギレスはリベールの反応を待っていたが、いつまで経っても返事がないので、追加で言いたいことを言いはじめた。


「べつによぉ、できないことはできないで仕方ないけどよぉ……。おまえの態度、まぎらわしいんだよな。一丁前に白衣着て、シエンス出身で何でもできますって自信満々の顔してっから、ついついこっちも信じちまう」


「…………」


「なぁ、せめてランク4thへの昇格試験にチャレンジしねぇか? ピオニールはランク5thのおまえ以外、全員ランク3rd以上だぞ。このままじゃ、おまえをピオニールに引き入れた立場上、俺はほかのみんなに顔向けできねぇよ」


 そのあともリベールはしばらく黙っていたが、ギレスがいつまでも返事を待ち続けたので、ようやくボソリと返事をした。


「無理なんだ。俺は、受験資格を、満たしていない……」


「なーに言ってんだ。ランク5thの依頼はもうとっくに10個以上やってんだろ」


「いや、直近10個の依頼の成功率が70%を超えてないから……」


 さすがにギレスも絶句した。


 その気まずい空気に、さっきまで集まっていた勇士たちがどんどんギルドホームの中へと戻っていく。


 ピオニールのテーマカラーは赤、シンボルはウィルドのライオンことリオ。


 赤い旗の中ではためく金色のリオを、リベールは見上げることができなかった。

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