第50話 バカ正直な謝罪と報告(カリナーリSide)

 バーキングのギルドホーム。

 その最奥の壇上には調理台や調理機器が並んでいる。


 そこはギルドマスターであるカリナーリ・アルテの聖域である。


 しかしいま、カリナーリはそこにいない。

 彼はその手前の壇下にいた。


 こぢんまりとしたテーブルの上に料理を置いたところだった。


「あ、あの、マスター。お食事前に、すみません……」


 カリナーリの前に幹部の3人が並んでいた。


 声をかけたのはなで肩のストロキンだった。


「あら、珍しい。いつもはあなたが声をかけてくるのにね、すきっ歯?」


 すきっ歯のギャットは口を閉ざしていたが、カリナーリが顔を近づけて圧をかけたので、仕方なく答えた。


「すみません! いまはマスターと話したくなくて、ストロキンに報告させようとしました。すみません!」


 あまりにもバカ正直な理由を口にしてしまい、すきっ歯のギャットは口を両手で押さえて青ざめた。


「ボクちんと話したくない? それはどういうこと?」


 カリナーリの視線が鋭くなった。


 すきっ歯のギャットはすぐさま手と膝をつき、ひたいを床にこすりつけた。


「申し訳ありません! 今日、マスターに嘘の謝罪をしました! 客人がベント・イニオンかどうかの確認をおこたったこと、本当は反省していません! 殴られて理不尽だと思いました! ベント・イニオンさえ来なければオイラが殴られることなんてなかったのにとしか思っていませんでした! 申し訳ございません! この正直な謝罪をしたくなくて口を利きたくありませんでした。申し訳ございません!」


 カリナーリはあごに手を当てて首をひねった。


 その脳内に渦巻いているのは、怒りではなく疑問だった。


 なぜこいつはこんなバカ正直に謝罪しているのか。


 誰かが問い詰めたわけでもないのに、なぜわざわざ自分から暴露しているのか。


 そして、疑問はもうひとつ。


「報告を人に任せるのはいいとして、なぜ、鷲鼻ではなく口下手のなで肩なの?」


 今度は鷲鼻のイーゴルが土下座をして釈明を始めた。


「申し訳ございません! アチキもマスターと話したくなくて、ストロキンに押し付けました。ベント・イニオンからマスターへの伝言があまりにもおそれ多くて、伝えずにやり過ごそうとしました。すみませんでした!」


「それはよくないわね」


 カリナーリのその声は強めの怒気を孕んでいた。


 普段のカリナーリは沸点がどこにあるのかわかりにくいが、こと報告に関しては常に厳しい。


 鷲鼻は悪手を打ってしまったと後悔し、ひたいを床に大きく打ちつけて報告した。


「申し訳ございません! ベント・イニオンからマスターへの伝言はこうです! 『あなたは部下に手を汚させているつもりでしょうが、部下の手綱が握れていないようにしか見えませんよ。あなたは黒幕の器ではない。どうせあなたの部下では私に手も足も出ないのだから、私に報復したいのであれば、あなた自身が挑んできなさい』とのことです! アチキが言ったわけではないので、アチキには当たらないでください! どうか!」


「あなたもバカ正直ね」


 カリナーリはバカ正直者ふたりに対し、怒りよりも滑稽さを感じていた。


 その視線がストロキンへと向けられる。


 指は土下座したふたりを指していた。


「ねぇ、これ、どういうこと? なで肩、何か知ってる?」


「これは、ベント・イニオンの仕業です。バカ正直ショックとかいうやつで感電させられて、ふたりとも嘘がつけなくなってんです」


「へぇー。それじゃあ、ふたりとも戦々恐々で言いたくないことを無理やり言わされてんの? ボクちんの機嫌を損ねてどんな目にわされるかわかったものじゃないのに? 何それ、おもろぉお! あははははははははは!」


 カリナーリは腹を抱えて笑った。


 笑いに笑いまくった。


 しまいには床に転げ、足をバタつかせて笑った。


「ひぃー、おもろぉおおお! まるで大衆の前で下痢のおもらしが止まらないみたい! あははははひひひひぃ!」


「マスター……。食事前なのに、よくそんなたとえができますね……」


 顔を上げたすきっ歯のギャットの言葉に、カリナーリの床上で回転する方向が逆転した。


「あひひひひひひひひ! それはどっち? どっちなの? 下痢のほうなの? あひゃひゃひゃあ!」


「これは……通常の反応です」


「あっそ」


 唐突にスンとなったカリナーリは、立ち上がってからテーブルの前に移動した。


 それから椅子を引いてナプキンを首元に下げた。


「すきっ歯、鷲鼻、あなたたちを許すわ。ここでボクちんが怒れば、それこそベントちゃんの手のひらの上で踊らされることになるものね」


「はい、ありがとうございます!」


 すきっ歯のギャットと鷲鼻のイーゴルは、立ち上がってカリナーリに深々と頭を下げた。


「すきっ歯、鷲鼻、なで肩。ベントちゃんのお望みどおり、今度はボクちんが出るわ。アレを使うから、準備しておいて」


「あれ?」


 なで肩のストロキンが呑気に尋ねた。


 その横では、すきっ歯のギャットと鷲鼻のイーゴルが顔を青くしていた。


「コンちゃんよ。ピオニールのランク1stをぶちのめすための秘密兵器として準備していたけれど、温存なんてしていられないものね」


 コンちゃんと聞いて、なで肩のストロキンも青ざめた。


 カリナーリは自分の作ったカレーを最高級料理でも食べるかのように満足そうな表情で食べていた。

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