第49話 でかい釣り針
ベントはバーキングの幹部3人を並ばせ、地面に座らせていた。
その状態で、波銃で麻痺した3人の聴覚が回復するのを待っていた。
「みなさん、もう私の声が聞こえるようになりましたか? それではご所望の説明を始めますよ」
「はいはい。もうどうでもよくなったけど、気が済むまで説明しな」
鷲鼻のイーゴルが投げやりに返したが、ベントは気にせず説明を始めた。
「これは吸着型急速加熱装置。通称、吸急カイロといいます」
ベントはそう言って、ポケットから取り出した黒く四角い物体を見せた。その道具の片面を覆うようにシールが貼り付いている。
「吸急カイロは加熱装置と薄い粘着シールと極薄の保護シールの3層構造になっていて、保護シールを剥がすと、粘着シールによってあらゆる物質に吸着させることができます。その吸着がスイッチとなり、加熱装置が数秒で100℃までの熱を発生させます。粘着シールには熱伝導性の高い材料を使っているので、くっつけた物体も即座に加熱してくれます。外すには専用の薬液が必要となりますが、それを使えばすんなり取れます」
この吸急カイロは出力を調整することができ、暖を取る使い方をすることも可能である、という説明をベントは付け加えた。
ふて腐れたような態度の幹部3人衆はしばらく何も言わなかった。
やがて、すきっ歯のギャットがポツリと呟いた。
「満足か?」
妙なことを訊かれたので、ベントは首を傾げた。
「それはこちらが訊きたいことですよ。吸急カイロの説明を求めたのはそちら側でしょう?」
すきっ歯のギャットは舌打ちし、近くにあった小石をベントの足に投げつけた。
「満足なわけ、ねーだろうが! あんな苦しい目に
ベントをにらむ彼の視線には憎しみがこもっていたが、彼を見下ろすベントの視線は逆に驚くほど冷たかった。
「おや……。あなた、さっき自分の非を認めてマスターさんに謝罪していましたよね? 私がベント・イニオンだと思い込んで確認を
「おい、やめろ! そういうことじゃねーって!」
「いいえ、ダメです。あなたはちゃんとマスターさんに嘘の謝罪をしたことを謝罪してください」
ベントは左のポケットから黒くて四角い道具を取り出し、その端に生えた2本の触覚をすきっ歯のギャットの頭に接触させてスイッチを入れた。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあっ!」
すきっ歯のギャットは白目を剥いて
鷲鼻のイーゴルが助けようと彼に触れた瞬間、彼女も巻き添えをくらって一緒に痙攣した。
それを見たなで肩のストロキンは、自分も助けようと伸ばしていた手を引っ込めた。
ベントがスイッチを切ると、痙攣していたふたりはふらふらになって地面に仰向けに倒れた。
「これはバカ正直ショック。通称、バカショックです。脳神経を局所的にショートさせました。これでしばらくの間、あなたは嘘をつけなくなりました。ちゃんと誠実に謝ってくださいね」
なで肩のストロキンは倒れたふたりを呆然と見つめていた。
そんな彼にベントが問う。
「ひとつ」
「え?」
「ひとつ、確認しておきたいことがあります」
「は、はひっ、何でも答えます! だからそのバカショックは勘弁してくださひぃ!」
なで肩のストロキンは正座して両手をまっすぐに伸ばし、地面すれすれまで頭を下げた。
ベントはその後頭部に向かって質問を投げる。
「あなた方、私を襲ってどうするつもりだったんですか? 殺すつもりだったんですか? それとも拷問? あるいは人質に取って、プログレスに何か要求するつもりだったんですか?」
「あ、あ、あの、オラには、わかりません。このふたりが、か、か、考える、こと、なので!」
なで肩のストロキンは降伏の姿勢を崩さない。
噛みながらも懸命に回答に努めている。
「では、このふたりは私をどうする可能性が高かったのですか? このふたりのことをよく知るあなたなら、想像くらいつくでしょう?」
なで肩のストロキンは肩を震わせていた。
体勢を変えないのは降伏の意を示すためか、ベントの顔を見るのが怖いからか。
「たぶん、殺しは、しないかと……。拷問と、プログレスへの要求は、何か、するかも……」
ベントは屈み、大きな肩にポンと右手を置いた。
なで肩のストロキンがビクッと跳ねたのち、顔を上げる。
そんな彼にベントは微笑を浮かべた顔を見せてやった。
「安心してください。確認したかっただけですから。ただ、ひとつだけお願いがあります」
「は、はい……。何でしょう……?」
ベントは顔から微笑を消した。
「バーキングのマスターさんに、こう伝えてください。『あなたは部下に手を汚させているつもりでしょうが、部下の手綱が握れていないようにしか見えませんよ。あなたは黒幕の器ではない。どうせあなたの部下では私に手も足も出ないのだから、私に報復したいのであれば、あなた自身が挑んできなさい』とね。あとでリークするので、報告を怠ったらマスターさんにバレますよ」
なで肩のストロキンの顔は青ざめていた。
ぶんぶんと首を振って懇願するような目をベントに向ける。
「すみません、すみません! どうか、ご勘弁を! オラ、馬鹿だから、いまの伝言は覚えきれねーです」
なで肩に置かれていたベントの右手が一度浮き、もう一度ポンと置かれた。
「大丈夫です。頭のいい鷲鼻のイーゴルさんが覚えていると思います。あなたは忘れずに彼女に報告させればいいだけです」
「で、でも……」
なで肩のストロキンが向けた視線の先では、鷲鼻のイーゴルが仰向けに倒れている。
「大丈夫です。いまはあんな状態になっていますが、バカショックは意識までは奪いません。彼女の耳にはちゃんと聞こえていますよ」
「は、はい……」
ベントはバーキングのギルドホームの壁際に停めていたエアバイク改を取りに行った。
さいわいエアバイク改には手をつけられていなかった。
ベントはエアバイク改に乗って走った。
倒れたバーキングの勇士たちによってできた緑のケープの川を渡り、プログレスのギルドホームへと帰っていった。
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