第48話 質と量の戦争④
ピシャリと鞭が地面を叩く音がした。
「ちょっと、あんた! いまのは何? 説明しなさいよ、ポリシーなんでしょ!」
ベントはすきっ歯のギャットを完全に無力化したと判断し、鷲鼻のイーゴルの方へと歩きだした。
「ええ、もちろん説明しますよ。ただ、実際に体験してからのほうがわかりやすいと思うので、先に付けさせていただきます」
ベントが走りだした。
鷲鼻のイーゴルは慌てて毒鞭を振り回すが、毒ナイフぶんの手数が減ったいま、ベントの動きの自由度は増している。
水流に乗った魚のようにスイスイと鞭をくぐり抜け、鞭の操り主へと近づいていく。
「ストロキン、何やってんの! 早く援護して!」
「ちょっと待って。針が手に刺さったから解毒薬を飲ませて」
ベントは鷲鼻のイーゴルの正面に到達した。
ベントの左手が彼女の鞭を持つ手を叩き払い、右手がフルヘルムへと伸びる。
「はい、どうぞ」
鷲鼻のイーゴルのフルヘルムも急速に加熱される。
その暑さは熱さに変わるものであり、彼女は頭部をヤケドするまえにフルヘルムを脱ぐしかない。
鷲鼻のイーゴルはついに頭部を開放した。
「はい、こっちもどうぞ」
共振する超音波が鷲鼻のイーゴルから音と平衡感覚を奪う。
「ああああああああああっ!」
鷲鼻のイーゴルまでもが倒れ、残るはなで肩のストロキンのみ。
彼は毒針を構えながら、あとずさりした。
「あ、あの、オラ、降参です……。見逃して、くれませんか……」
「駄目です。あなたにも体験していただかないと、これの説明が始められません」
ベントが右手の小さな道具を見せてから走りだした。
なで肩のストロキンは後退しながらサーキュレーターのスイッチに手を触れた。
なで肩から送られる風がグンと強くなり、ベントの足が止まった。
ベントの姿勢はスーツが制御してくれているが、普通の人なら立っていられないほどの強風が吹き荒れていた。
ただ、ベントは倒れはしないものの、強風に呼吸を妨げられた。
ベントは強風攻撃への対処法をすぐに思いつき、そのプランを実現するための計算をAIMSに命令した。
このAIMSはエアスーツとも連携させることが可能で、飛行すらもAI制御に切り替えることができる。
ベントは真上へ飛んだ。
空高く上昇し、なで肩のストロキンの頭上へと移動した。
「ベ、ベ、ベ、ベントさん!? 嘘でしょ!?」
ベントは垂直に降下しはじめた。
このままいけば、なで肩のストロキンと正面衝突する。
なで肩のストロキンは両肩の巨大送風機の向きを真上へと変えた。
さすがにその重量物を担いだ状態で真上に毒針は投げられない。
ベントは例の加熱装置を構えた右手を突き出し、目を閉じた。
目を閉じるとAIが新たな情報を得られないが、計算はすでに完了している。
「わっ、わわっ、わああああああっ!」
落下の重力とエアスーツの推進力は、サーキュレーターの送風力を上回った。
右手がなで肩のストロキンのフルヘルムに到達したところで、ベントの体は静止した。
AIが上昇風を計算に入れてエアスーツの推進力を調整しているのだ。
「あっつ!」
なで肩のストロキンがフルヘルムを脱いだとき、ベントはすでに地上に降りて彼の正面に立っていた。
その手にはもちろん、撃音波銃が構えられている。
「学びから逃げてはいけませんよ、ストロキンさん」
「ぎゃあああああああっ!」
なで肩のストロキンが倒れた。
その瞬間、両肩に装着されているサーキュレーターのせいで彼の肥満体が地面を転がっていく。
ベントは自分の黒いネクタイを取って端を握った。
するとネクタイは黒い剣に変わった。
それは形状記憶ネクタイ。
体温の熱を加えると、記憶していた形状に変形して超硬質に固まるナノ合金繊維ネクタイであり、凶獣リノセロを仕留めたときに使った武器である。
ベントはエアスーツで空を飛んでなで肩のストロキンに追いつくと、サーキュレーターにネクタイの剣を差し込んだ。
片方のサーキュレーターがバキッと音を立てて止まった。
だがもう片方はまだ動いている。
ベントがネクタイ剣を引き抜くと「く」の字に折れていたが、いったん手を離してもう一度握りなおすと、ネクタイ剣は改めてピンと伸びた。
スピードを落としつつ転がり続けるなで肩のストロキンを追い、残ったサーキュレーターにもネクタイ剣を差し込んで止めた。
「さて、吸着型急速加熱装置の説明を始めてもいいですか?」
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