第46話 質と量の戦争②

「ぶっ殺す……」


 すきっ歯のギャットが静かにつぶやき、ベントに飛びかかった。

 腰に提げていたナイフを抜き、そのままベントの胸を突く。


 しかし、すきっ歯のギャットはベントを通り抜けてつんのめった。


 彼はすぐさま振り返って声を荒げた。

 その宛先は、なで肩のストロキンだった。


「ストロキン! アレをやれ!」


 その言葉を受け、なで肩のストロキンがポケットに手を突っ込む。

 そこから何かを取り出すと、それをサーキュレーターの前にかざして手を開いた。


 その瞬間、キラキラした銀色の紙片が盛大に舞った。


 それは彼らの幻影対策。


 光をかく乱し、光による虚像を作らせない。

 そして本体の輪郭も浮き上がらせる。


「見つけたよ!」


 鷲鼻のイーゴルが輪っか状に丸めて腰に提げていた鞭をつかみ、ベントに向けて振った。


 彼女の鞭の操作練度は非常に高いようで、ベントに向かって直線的に伸び、最速で目標地点へと到達した。


「おっと」


 ベントは避けた。

 目では捉えきれないほどのスピードで飛んできた鞭を、体をひねりながら上体を逸らし、鞭の軌道からきっちりと外れていた。


 鷲鼻のイーゴルが鞭を引き、縦横無尽に振り回す。今度は単発攻撃ではなく連続攻撃なので、もしさっきの回避がマグレだとしたら、この攻撃は避けられない。


 ベントは幻惑迷彩を解除して本来の姿を現していた。

 だからその動きは誰の目にもはっきりと見える。


 ベントは鞭の攻撃を完全に回避していた。


 体を巧みに動かす様は曲芸師さながらで、風に舞う葉のごとく障害物を避けている。


 おまけに、なで肩のストロキンが放ってきた針もきっちりと避けた。


 鷲鼻のイーゴルは鞭を止めた。


「馬鹿な! その動き、まるでランク1stじゃないかい。どう見ても肉体派じゃないのに、どうなっているんだい!」


「いまのは質問ですか? ご説明しましょうか?」


 突拍子もない進言に、幹部3人衆は押し黙ってしまった。


 ようやく返答したのは、すきっ歯のギャットだった。


 彼は鞭の猛攻を受けるベントから距離を取っていたため、遠くても聞こえるように声を張った。


「おい、いまは戦闘中だぞ! しかもその戦闘で使っているタネをわざわざ時間を取って教えるって、どういうことだ! それほどにオイラたちのことを舐めてんのか? それとも自分のスゲー技術ってやつを自慢したくてしょうがないのか?」


 ベントは首を横に振った。


 ベントはずっと無表情で外からは何を考えているのかわかりにくいが、そこに優越感や嘲笑のたぐいはない。


「私は時と場所を選ばず、すべての技術情報を開示します。それがポリシーですから」


 今度は鷲鼻のイーゴルが反応する。


「時と場所を選ばないにも程があるでしょ! でも教えてもらえるのなら聞かせてもらうわ。そのせいで負けても知らないけどね!」


 ベントは白衣の前えりをつかみ上げて中に着ている黒いスーツを見せながら、さっそく説明を始めた。


「この黒いスーツはドローン・エアライダー・スーツ、通称エアスーツといって、先ほど空を飛んだときに使っていたものですが、この下に動作サポート型AIスーツを着ているのです。通称、AIスーツ。全身密着タイプのスーツで、これと小型のヘッドギアがAIの命令によって自動で回避行動を取らせてくれるのです」


「ヘッドギア……?」


「見えにくいかもしれませんが、小型のヘッドギアを着けているんですよ」


 鷲鼻のイーゴルが前傾姿勢で目を凝らす。


 うっかりフルヘルムを取りそうだったが、頭に持っていった手を下ろして踏みとどまった。


「あ、ホントだ。着けてるわ……」


 ベントは頭部に黒く細いヘッドホンのようなものを着けていた。

 耳部分はイヤホンになっていて、首に沿ってスーツまで黒の細いパーツが伸びている。


 オペレーターのような見た目だが、マイクは付いていない。


「このヘッドギアとスーツに命令を下すのは、視覚サポート型AIコンタクトレンズと聴覚サポート型AIイヤホンです。AIレンズのほうは、視覚情報からスーツにダイレクトに動作命令を下します。それに加えて脳波から思考を読み取り、欲しい情報を抽出して空間上に光の線で作られた映像として出力することができます。つまりAR、拡張現実ということです。物体のサイズ計測、風の影響を加味した弾道予測なども可能です」


「サイズ計測? まさか、あんた、アチキのスリーサイズを計測してないでしょうね!」


 鷲鼻のイーゴルが体をひねりながら腕で胸の辺りを隠した。


「すみません。可能ですが興味ありません」


 ピシャリと鞭が地面を打った。

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