第44話 未必の故意のカチコミ②

「オイラが取り次いでやるから自分で渡せ」


 すきっ歯のギャットが書類を封筒に戻してベントに突き返した。


 彼はひとりでおずおずと壇上に登ると、姿勢を低くして恐縮していることを示しながらギルドマスターに話しかけた。


「料理を楽しまれているところ、たいへん申し訳ありません。緊急につき用件を伝えさせていただきます」


「いいわよ。なぁに?」


「白衣の男がマスター宛に重要書類を持ってきております。早急にご確認をお願いいたします」


「白衣の男って、例のベント・イニオン?」


「はい、おそらく」


 その瞬間、さっきまでコンロにかけていたフライパンがすきっ歯のギャットの顔面を捉えていた。


 カーンという金属音が響くと同時、炒められた野菜が宙を舞い、吹き飛ばされたすきっ歯のギャットが壁に叩きつけられた。


「おそらく、じゃないでしょう? なんで確認しないの? べつに芋の品種や産地を一つひとつ確認する必要はないけれど、芽が出て危険ですって注意喚起されている芋が届いて、『おそらくソレです』はないわよねぇ!」


「申し訳ございません! 格好が特徴的だったので、ついそうだと思い込んでしまいました。たいへん申し訳ございませんでした!」


 すきっ歯のギャットは真っ赤になった顔を、床に打ち付けるようにして土下座した。

 けっこうな量の鼻血が床に落ちている。


「ふふ。よく反省できました。許すわ」


「ありがとうございます!」


 エプロン姿のエルフはすきっ歯のギャットにニコッと微笑を向けると、今度は壇下に冷たい視線を送った。


 ギルドホーム内の空気が緊張で冷え切っている。


「あ、お片付けはオラに、なで肩のストロキンにお任せください!」


 なで肩のストロキンは慌てて壇上に登り、床に散った野菜をパクパクと手づかみで口に放り込んでいった。


 鷲鼻の女は自分はどうしようかとあたふたしていたが、鼻頭を指の横腹でこすると、すぐに落ち着きを取り戻した。


 マスターに一礼してからベントの方に向き直った。


「アチキは鷲鼻のイーゴル。アチキがあんたをマスターに取り次ぐよ。あんた、名前は?」


「私はベント・イニオンと申します」


「そうかい。来な!」


 ベントは鷲鼻のイーゴルに続いて壇上へと上がった。


 鷲鼻のイーゴルがマスターに対して深く頭を下げる。


「マスター、ベント・イニオンを連れて参りました。マスター宛の重要書類を持参しております。すきっ歯のギャットが安全を確認済みですので、お受け取りください」


 ベントは調理台を挟んでバーキングのギルドマスターと向かい合った。

 そして両手で分厚い封筒を差し出した。


「ベント・イニオンです。バーキングのマスターさん、これをご査収ください」


「ボクちんはカリナーリ・アルテよ。拝見するわ」


 カリナーリは左手で封筒を受け取ると、そのまま右手を豪快に突っ込んで書類を取り出した。


 しばらく黙って視線を落とす。


 ハラリと書類をめくり、また同じように黙読する。


 何十枚もある書類すべてをしっかりと読んで、彼はようやく視線を上げた。


「確認したわ。帰っていいわよ」


 そのあっさりした反応は、ベントにとってあまりにも意外だった。


 ギルドホームという逃げ場のない密室空間にいるうちに総出で襲いかかってくるだろうと思っていたのに、あっけなく解放された。


 それは当初の「もし戦場になるなら伯爵領外で」という狙いが外れたことになるが、穏便に事が運ぶのであれば、それに越したことはない。


「では失礼します」


 ベントは軽く会釈をして壇上から降りた。


 いつの間にか幹部以外の勇士が消えていた。


 静かなホームの中央を振り返ることなく歩く。


 出入口までくると、そのまま扉を開けて外に出た。


 強い日差しが一瞬だけベントの目をくらませる。


 光が静まり、そこに現れた光景は、ゆうに100人は超えるであろう緑のケープをまとった集団だった。

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