第43話 未必の故意のカチコミ①

 ベントが従業員たちのギルド離脱届をバーキングに出しに行くのは親切心からである。


 本来、バーキングの勇士が失踪しようとベントの知ったことではない。


 ただ、その親切心の半分は建前だった。


 バーキングはただでさえ縄張りにうるさいのに、勇士を取られたとあっては黙っているはずがない。

 縄張り以上に激怒し、全戦力でプログレスやエアバイク改製造工場を襲撃するに決まっている。


 そこでベントはこう考えた。

 どうせどこかが戦場と化すのであれば、伯爵領外になるよう誘導したい、と。


 ベントはエアバイク改でバーキングのギルドホームへ向かった。


 今日のベントは現段階で可能な限りの完全武装をしていた。


 一見するといつもと変わらない。

 黒いシャツの上に白衣を羽織っているだけにしか見えない。


 しかしジオスたちバーキング襲撃のときにも使わなかった最新の開発品を身に着けている。


「おい、そこのおまえ。止まれ! おい、待て!」


 ベントが子爵領に入ると、緑のケープを着た男たちが目ざとくベントを見つけて追いかけてきた。


 彼らが乗っているのはウィルドのロバことダロス。

 エアバイク改とは速度が2倍以上も違うので、ベントからすると道端の野生動物と変わりない。


 ベントは彼らに見向きもせずにエアバイク改を走らせつづけた。


 バーキングのギルドホームはシンプルな形のでかい建物だった。シエンス共和国の建物でいうと体育館に似ている。


 ホームの前には緑のケープをまとった勇士が5人ほどたむろしていた。


 ベントが彼らの前に止まると、彼らの視線がいっせいにベントとエアバイク改に集まった。


「失礼。ギルドマスターさんはいますか? 大事な書類を届けに来たのですが」


 大事な書類と言われてしまっては、彼らもベントを無下にはできないだろう。


 その書類がマスターにとって重要なものだった場合、軽率な行動を取ればマスターからどんな罰を受けるかわかったものではないからだ。


「こっちだ。入れ」


 勇士のうちのひとりがホームの扉を開けて、あごで中に入るよう促した。


 ホーム内には緑のケープをまとった者たちが100人以上はいた。


 ベントがホームに入った瞬間、広いホーム内にまんべんなく分散していた彼らの視線が一瞬でベントに集中した。


 ホームの最奥の壇上は調理台やら調理器具が並んでいて、そこでひとり、白いエプロンを着たエルフの男が鼻歌を垂れ流しながら料理をしていた。


 彼だけはベントに見向きもせず、ひたすら料理を続けている。


「おい」


 ベントがホームの中央まで来たとき、ひとりの男に呼びとめられた。

 右目に眼帯を着けている。口が半開きになっていて、その中にすきっ歯を覗かせていた。


「バーキングのギルドマスターさんに大事な書類を届けに来ました」


「オイラはすきっ歯のギャット。バーキングの幹部だ。オイラから渡す」


「ではお願いします」


 ベントは分厚い封筒をすきっ歯のギャットに渡した。


 彼は抵抗されると思っていたのか、ベントがすんなり封筒を渡したことが意外そうだった。


「これ、先にオイラが中を確認していいか? 危険物が入っていないか確認したいからな」


「ええ、構いませんよ」


 すきっ歯のギャットは封筒を開いて中を覗き込み、それから手を突っ込んで書類の束を取り出した。


 その書類を見た瞬間、彼は固まった。


 その様子を見ていたようで、彼と同じく眼帯をした者たちふたりが近づいてきて書類に目を落とした。


 3人とも蒼白している。


 やがて、左目に眼帯を着けた鷲鼻の女がボソッと言った。


「これは緊急事態だわ。一刻も早くマスターに伝えないと……」


 それに続いて右目に眼帯をしたなで肩の男が声を殺して叫んだ。


「オラは嫌だ! 料理中のマスターに話しかけたら食材にされちゃうよぉ!」


 なで肩の男は太っている。食材に使うなら肉がふんだんに取れるだろう。


 壇上から聞こえてくる鼻歌のボリュームが大きくなった。力強く、荒々しくなっている。


 まるで報告義務を果たさない部下にイラついていることをアピールしているかのようだった。

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