第40話 労働力の確保

 プログレスのギルドホームの扉が半分ほど開き、ギルドマスターのグイルが顔を覗かせた。


「ベント殿、もう出ていっても構わないか?」


「ええ、構いませんよ」


 グイルを先頭に、リゼとクレムがホームから出てきた。


 グイルが遠慮がちにベントの背中に訊く。


「さっきジオスたちに飲ませたのは何かの薬なのか?」


「ええ。説明しましょう。飲まされた彼らにも知る権利があるので、ここにいる全員に説明します」


 そう言うと、ベントはバーキングの勇士たちを並ばせた。


 しかしまだ誰も苦しみから脱しておらず、体勢も列もバラバラである。


 そうなることは想定内なので、彼らの注目を集めた時点でベントは満足し、説明を始めた。


「さっきの白い錠剤は盲信隷属薬といいます。通称、盲隷薬。雛鳥が最初に見た者を親と思い込む性質はご存知ですか? あの白い錠剤には、その〝すり込み効果〟を植え付ける寄生菌が入っていました。その菌に寄生された生物は、最初に見た生物を自分の主人だと思い込むようになります」


 要するに、薬とは名ばかりの細菌兵器である。


 その説明を聞いたジオスはフラつきながらも立ち上がり、ベントをにらんだ。


「それを聞いてテメェに素直に従うわけがないだろ。俺は絶対にテメェを主人だなんて認めねぇ!」


「まあこの盲隷薬はどんな命令でも聞かせられる万能な代物ではないので、反発したい方はお好きにどうぞ。ただその場合、小さい子供が厳格な父親に逆らったときのような激しい不安感に襲われることになります。不安でいっぱいになって、何も手につかなくなると思いますよ」


 ジオスは反発する態度とは裏腹に顔を青くしていた。

 不安にさいなまれている様子を隠しきれていない。


 そんなジオスの横に並ぶように、緑のケープの男がひとり、前に出てきた。

 ボロボロの汚い歯をチラつかせながらニタニタと笑っている。


「俺は社長についていきやすぜ。なぁ、社長ぉ、ついていったらアレかけてくれやすか?」


「これか?」


 ベントが黒いスプレー缶を取り出し、その男に赤い粒子を吹きつけた。


「ぎょええええええ! あざす、あざす、あざす、あざす、ありがとうございますぅうううううっ!」


 緑の男は地面をのたうち回りながら喜んでいる。


 リゼたちがギョッとしているが、ベントはフッと笑った。


「催涙隷属スプレーのほうは依存性がありますからね。個人差はあれど、そのうちみんな浴びたくなりますよ。私に反発すればこれは浴びられなくなります。盲隷薬による不安感と催隷スプレーによるイライラ感のダブルパンチはけっこうキツイと思いますよ。今日はスプレーの成分をかなり吸ったはずなので、成分が切れてくると一気にくるはずです」


 彼らはもはや反発なんてしていられない。

 ベントに従い、定期的にスプレーを施してもらうしかないのだ。


「楽に生きましょうよ。バーキングのギルドマスターって怖いんでしょう? 報復失敗の報告をしたらどうなるでしょうね。あるいは報復に成功したと嘘をついてバレたらどうなるでしょう。それに比べて私は優しいですよ。私の邪魔さえしなければね」


 その甘言かんげんがトドメとなり、全員がベントに従うことを決めた。


 もちろん、ジオスもその中のひとりだった。


「ところでベント殿、なぜ社長と呼ばせているのだ?」


 グイルが尋ねると、ベントは事もなげに答えた。


「彼らをエアバイク改の製造工場で労働力として使うんですよ。製造ラインは大半を自動化していますが、どうしてもオペレーションやらなんやらで人員は必要ですからね。それにいちばんの購買層は貴族なので、配送サービスを充実させておきたいのです」


 グイルたちは苦笑だけを残した。その苦笑は工場作業員の末路を想像してのことだろう。


 低賃金なのは目に見えている。しかも催隷スプレーというご褒美を出せば、賃金が低くても文句は言えない。


 そもそも依存性があって離れられない。


 もう一生ベントの下で働くしかないのだ。


 ベントは大勢力であるバーキングの一部を自分に都合のいい手駒に変えてしまった。

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