第39話 ジオスの対策、ベントの備え②
ベントが取り出したのは黒いスプレー缶だった。
それは催涙隷属スプレー。通称、催隷スプレーである。
先に思い出したらしいグイルが慌ててギルドホームの扉を閉めた。
「それは……」
ベントの見立てでは、ジオスはここのところずっと妙な渇望感にさいなまれてイライラしていたはずである。
もしかしたらジオスはベントへの恨みがその原因だと思っていたかもしれないが、いまのベントの言葉で渇望感の正体、その真実を知っただろう。自分を襲う渇望感は中毒症状だったのだと。
「ベント……。テメェ、テメェ、テメェエエエエエッ!」
ジオスの怒りのボルテージが振りきれているが、そんなことはおかまいなしに、ベントはスプレーを噴射した。
上空から赤い粒子が広範囲に降り注ぐ。
ジオスもほかのバーキングの勇士も上空を見上げるしかない。
しかし、彼らは静かだった。苦しみだす様子はない。
しだいに笑い声が聞こえてくる。バーキングの勇士たちが笑っている。ベントを嘲笑している。
ジオスが上空のベントに向かって声を張りあげた。
「その赤いやつも効かねーぞ! ヘルムの下にマスクを着けているからな! おまえの小細工なんかすべて対策済みだ。もうおまえに打つ手はねぇ。さっさと降りてこい。どうせそのうちエネルギーが切れて降りてくるんだろ。だったらいますぐ降りてこい! ぶち殺してやるからよぉ!」
ベントはスプレー缶を持つ手とは反対側の手をポケットに突っ込んで何かを取り出した。
それもジオスには見覚えがあるはずのもの。撃音波銃である。
フルヘルムで対策しているので彼にとっては脅威ではない。
無警戒に叫び散らす様からして、ベントが打つ手がなくてヤケクソになっているとでも思っているのだろう。
「ジオス、原理も知らずに対策だなんで
ベントが波銃のトリガーを引いた。
その瞬間、赤い粒子の雨は赤い霧となってバーキングの勇士がいる一帯を包み込んだ。
「ぐわああああああっ!」
バーキングの勇士たちが地面に転げてもがき苦しみだした。
ジオスも例外ではない。フルヘルムを脱ぎ捨て、両手で顔を押さえてのたうち回っている。
ベントはひたすら上空からスプレーを噴射しては超音波を発射する。
光の粉をふりまく天使のように、緑色の勇士たちの頭上を飛び回っている。
だがその実態は赤い薬物を散布するマッドサイエンティストである。
もっとも、ベント本人は自分をマッドサイエンティストなどとは思っていない。
ベントは粛々と目の前の問題に対処しているだけであり、自分の科学的興味で人体実験をしているわけではない。
「ぎゃあああああっ!」
「やめろぉおおお! やめてくれぇえええええ!」
「ああああああああああ!」
赤い
バーキングの勇士はもう誰も立っていない。
うめき声をあげてもがいている者もいれば、地面に丸くなって固まっている者もいる。いずれも両手で顔を覆っている。
ベントは風圧で赤い霧を押しのけながら地上に降りると、倒れているジオスの横まできて屈んだ。
ジオスが手を開いてベントを見上げた瞬間、ベントがジオスのあごをつかみ、開いた口に白い錠剤を入れた。
「さあ、これを飲んでください」
ほんのり甘い香りがするそれを、ジオスは解毒薬のたぐいと思ったか、素直に飲み込んだ。
なぜ敵に塩を送るような真似をしているのか。もう決着がついたと思って敵に情けをかけているのか。
そんなことを考えていそうなマヌケ面に、ベントは顔を寄せておごそかに言った。
「今後、私のことは社長と呼びなさい」
「はい……」
いまのジオスにはバーキングのギルドマスターという絶対服従のボスがいる。
その服従すべきボスが、たったいま増えた。
父親みたいな絶対的存在がジオスの目の前にいる。
「何を……飲ませた……?」
「なんであなたひとりに説明しなければいけないんですか。あとで全員に説明するので黙って待っていなさい」
「はい……」
ベントはジオスにしたのと同じように、地面に転がるバーキングの勇士たちに白い錠剤を飲ませて回った。
ひとり残らず、きっちり数えて全員に飲ませた。
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