第38話 ジオスの対策、ベントの備え①

 ジオスとしてもグイルがいないほうが都合がいいようで、グイルがギルドホームに入って扉を閉めるところを見届けてから戦いの構えを取った。


「ベント……テメェ、覚悟はできてんだろうな。さんざん俺を馬鹿にしたツケはキッチリ払ってもらうからな」


「私はあなたを馬鹿にしていませんよ。ツケなんてありません」


「さっきからずっと馬鹿にしてんじゃねーか!」


 ベントはため息をつきながら首を横に振った。


「馬鹿にするというのは、相手を軽く見てあなどることですよね? 私はそんなことはしません。たとえばIQ80の人間はIQ70ではなくIQ80なんです。実際より低く見積もることはミスでしかありません」


「やっぱり馬鹿にしてんだろ!」


 ジオスは金棒を地面に打ち付けると、それを肩に担いで腰を落とした。

 いまにも突撃してきそうなその様子は、凶獣リノセロが突進するときの予備動作を彷彿ほうふつとさせた。


 そんなジオスを前にしても、ベントは白衣に両手を突っ込んだまま棒立ちしている。


「ジオス、そもそもあなたは気にすべき点を間違っています。あなたの問題点は頭の悪さではなく、分不相応ぶんふそうおうのいかつい自尊心にあります」


「ベントォオオオオオ!」


 ジオスがベントに突撃した。

 トゲトゲの金棒をぶんぶんと横薙ぎに往復させる。


 ベントは後退してそれをかわした。


「今日は本物か?」


 ベントがよけるから幻ではないと思ったようで、ジオスは目の前のベントに狙いをつけて金棒を頭上高く振りかぶった。


「脳天をカチ割れば、衝撃の分散もクソもねぇよなあ!」


 ジオスは以前ベントを殴ったときに特殊な服がダメージをやわらげたことを覚えていた。

 当然ながら服に覆われていない頭部を狙ってくる。


 ――ズドン。


 金棒のトゲが地面に突き刺さり、わずかに地を揺らした。


 ジオスが狙ったベントは幻惑迷彩による幻だった。


「いまのは完全に殺人未遂罪ですね」


 本物は幻のすぐ隣にいた。おもむろに屈んで金棒を抱えるように両手でつかむ。


「触んなぁあああああ!」


 ジオスは気合のこもった叫びとともに金棒を持ち上げ、金棒にのせたベントの体を天高くへと打ち上げた。


 ベントの体はギルドホームの2倍以上の高さまで飛ばされた。


「ハハッ! その高さから落ちればナントカスーツで分散しきれる衝撃では収まらんだろうなぁ!」


 さっきからジオスが言っているのは、超ダイラタンシー性ナノ繊維スーツのことである。通称、ダイスーツ。


 ダイスーツはジオスの言うとおり、あくまで衝撃を分散させるスーツであって衝撃を消すことはできない。

 衝撃の総量が多ければダメージは大きい。


 ベントが落下する。


 ギルドホームの中からリゼの悲鳴が響き、グイルがホームの扉を開けて身を乗り出した。


 だがグイルは固まった。不可思議な現象を目にして呆然と立ち尽くしている。


 ベントの落下が異様に遅かったのだ。


 ゆっくり降下し、いよいよ地面につくというところで、ベントの落下は止まった。地に足はついていない。


「浮いている!?」


 ベントは浮遊していた。前を開いた白衣を激しくはためかせ、空中に直立している。


 ベントが白衣の下に着ている黒いスーツの所々に黒の送風ファンが付いており、エアバイク改の駆動音と同じ音をまき散らしている。


「ドローン・エアライダー・スーツ。通称、エアスーツです。もちろん、下にダイスーツも着ていますよ」


 ベントが空を飛べるなど誰が予想できただろう。


 ジオスも浮遊するベントをしばし呆然と眺めていた。


「次から次へと……」


 ベントは上昇し、地面から離れていく。


 ジオスは金棒を投げつける構えを取るが、ベントがジオスの真上に飛んできたので投げるのをやめた。

 体勢的に投げるのが難しいし、真上に投げたら自分に降ってくる。


「おい、そこから何をする気だ? あの変な銃は効かねーぞ! さっさと降りてこい!」


 ジオスは自分のかぶっているフルヘルムをコツコツと叩いて叫んだ。


 ジオスの言葉に同調するようにバーキングのメンバーたちがブーイングを鳴らす。


 ベントはそれを無視し、ジオスに向かって声を張った。


「ジオス、これを覚えていますか? 依存性があるので欲しくなっていたでしょう?」

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