第36話 エアバイク改

 ついにエアバイク改が完成し、お披露目の時を迎えた。


 プログレスのギルドホーム前には関係者が集まっている。


 ギルドマスターのグイル、受付嬢のリゼ、エルフのアルチェ、ウェアウルフのフォルマン、若手勇士のクレム、それからコミス伯爵と伯爵付きの騎士ポティス。


 ベントを含めると総勢8名。


 そして、彼らの前にはベントが開発したエアバイク改が鎮座している。


 流線形の白いボディに黒いハンドルと座席。

 シンプルだが、スクーターのデザインとしては洗練されていた。


「それじゃあ、動かしてみせますね」


 特に挨拶もなくいきなり本題に入るところはベントらしいといえる。

 ここにいる7人はもうベントの性質をわかっているようで、茶々を入れる者はいなかった。


 ベントが左右のハンドルを同時にひねると、起動音とともにエアバイク改が地面から浮き上がった。

 15cmくらいの高さで安定し、軌道音が駆動音に変わった。


 しかもエンジンをかけることで白色と黒色しかなかったボディに青色が加わった。

 輪郭を浮かび上がらせるようにブルーのラインが光っている。


「おぉーっ!」


 歓声とともに拍手が巻き起こる。


 ベントは白衣をなびかせ、ギルドホームの前をひとしきり走ってからエアバイク改を降りた。


 ふたたび拍手で迎えられたベントは、拍手がやむのを待ってから説明を始めた。


「動いているところを確認いただいたので、性能の説明をします。このエアバイク改は地面から約15cm浮いた状態で移動できるスクーターで、最高速度は120 km/h程度です。ただこの速度はリミッター解除時の速度で、基本的には80 km/hでの走行を標準としています。シエンスで流通しているエアバイクからの改良点は、最高速度が20 km/h速くなり、さらに水上走行も可能になったということです」


 ひととおりの説明を終えたベントは、最後にヘルメットの着用を推奨した。


 集まったメンバーはエアバイク改を取り囲んでうやうやしく観察している。

 その中でフォルマンがベントの方に顔を向けて尋ねた。


「ベント殿、俺もこのエアバイク改に乗ってみてもいいか?」


「すみません。エアバイク改は所有者が生体認証をパスしなければ動かない仕様になっています。そのエアバイク改は私を所有者として登録しているので、私以外が乗っても動きません。でも量産したら、そのうちの1台は差し上げますよ」


「え……差し上げる……?」


 そこにいる全員の視線がベントに集中した。

 その期待の眼差しがおもしろくて、ベントは少しだけ無表情を崩した。


「ええ。プログレスのメンバーとコミス伯爵の関係者には無償で提供します」


 歓声があがった。


「ベント君、サイコー!」


 アルチェが飛び跳ねながら近づいてきて、ベントのほおに容赦のないチューをした。

 そのはしゃぎように周りは苦笑し、リゼは目を丸くしている。


「ア、アルチェさん……」


「あらぁ? リゼちゃん、妬いてるぅ?」


「妬いてません!」


 渦中にあるベントは、そんなことはおかまいなしにコミス伯爵に話しかけた。


「コミス伯爵、販売価格はアローゴを参考にしたいのですが、アローゴの相場はどれくらいですか?」


 ウィルドの馬ことアローゴ。

 主に貴族が使う移動手段であるが、それを参考に価格設定し、普及に合わせて価格を下げていく。

 開発費用を稼ぐためにも、そうやって一般に普及させるまえに利益を得ておく。


 みんながベントの堅物具合に苦笑するなか、コミス伯爵は難しい顔で考え込んだ。


「アローゴは個体による性能差が大きいので値段の幅も大きいですよ。価格設定についてはアローゴの市場調査をしてから検討したほうがいいので、一旦持ち帰りでいいですか?」


「はい。それで構いません。私のほうもまだ原価計算ができておらず、最低卸値が決められない状態ですので」


 どうやらビジネスの話は終わったらしいと見て、プログレスの男性陣がベントにエアバイク改が走るところをまた見せてほしいとリクエストした。


 ベントは快諾してエアバイク改にまたがった。

 そのベントがふとコミス伯爵に視線を向けた。


「あ、コミス伯爵」


「何でしょう?」


「製造工場を建てるための土地をください」


 ベントがついでのように出してきた大きい要求に、コミス伯爵はただただ苦笑していた。

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