第34話 ベントを追放した男(リベールSide)

 三大ギルドの中でも最強と評されるピオニールのギルドホームは大きかった。貴族の屋敷にも匹敵している。


 エントランスの両脇には、金色のリオが描かれた赤い旗が立っていた。常にリオが見えるよう送風機で旗をはためかせている。


 リオというのは太陽系地球でいうところのライオンに似た動物である。


 ウィルド王国では討伐対象である〝凶獣〟と、王家の許可なく討伐対象にしてはならない〝動物〟とが区別されているが、リオは動物側の中でもっとも強い種とされている。


 そのため、動物か凶獣かの区分はリオが基準になっている。


 リベールが入り口で建物を見上げていると、アローゴを厩舎きゅうしゃに入れてきたホーリスが隣を通り抜けて扉を開けた。

 それからリベールを中に引き入れる。


 ホーム内には十数人ほどいたが、建物が大きいため、人はまばらに見えた。


「おーい、ホーリス」


 ホーリスがホーム内を見回して空きテーブルを探していると、彼女を呼ぶ声が響いた。


 太く腹に響くような声。

 その声の主を見てリベールは腰が引けた。


「ウ、ウェアウルフ!?」


 リベールはウェアウルフ族について知識は持っていたが、実際に見るのは初めてだった。


「おう。おめぇ、シエンス人か? もしかしてこいつがベント・イニオンなのか!?」


 オオカミの顔が頭ひとつぶん高い位置から見下ろしてきて、リベールは怯んだ。


 ホーリスが露出した狼の胸板を押し返しながら、リベールの代わりに答えた。


「彼はリベール・オリン。シエンス人だけど、ベント・イニオンではないよ」


「なんだ、違うのか」


 ――ベント・イニオン。


 その名を聞いて、さっきまで及び腰だったリベールの魂の色が変わった。

 チリチリと内側から身を焦がすその名を聞き捨ててはおけない。


「あんた、ベントを知っているのか?」


「ん? ああ、会ったことはないがな。どのギルドでもそいつのうわさで持ち切りになっているぜ。ギルド・プログレスに入ったばかりのルーキーが凶獣リノセロを討伐したり、プログレス最強の勇士を決闘で負かして追い出したりしたらしい。とにかくシエンス共和国の科学力を使って無双しているって話だ」


 それはリベールにとって都合の悪い話だった。

 これだけ名が知られてしまったら、ベントをひそかに殺して野垂れ死んだことにはできない。


 それにベントが活躍している話を聞くと心がモヤモヤしてくる。


「でもあいつ、追放されたからウィルドにいるんだよなぁ」


 リベールはそれを言わずにはいられなかった。


 さすがに追放されるよう仕組んだのが自分だとは言わなかったし、自分も追放された身であることも言わなかった。


「お? 詳しいな、おめぇ」


「ま、元同僚だしな」


 ウェアウルフの目の色が変わった。新しいオモチャを買ってもらった子供のように輝いている。


「おい、すげーじゃねぇか! ホーリス、どこでこんな逸材を拾ってきたんだ?」


「いや、彼はただの客人だよ。行くあてがなくて困っていたから、一時的に休んでもらおうとホームに案内したまでだ」


「行くあてがないんだろ? だったらちょうどいい。おめぇ、ピオニールに入れよ」


 ウェアウルフの重い腕がズシリとリベールの肩にのった。

 本人にそのつもりはないのだろうが、彼の乱暴さには閉口せざるを得なかった。


 しかしピオニールに迎え入れられるというのは悪い話ではない。行くあてがなくて困っていたのだ。


 それに最強のギルドと名高いピオニールに入るということは、その時点でベントよりも格上の立場を手に入れることになる。


 リベールが肩を重そうにしているのを見て、ホーリスがウェアウルフの腕をどかした。


「リベール殿、すまないな。好奇心旺盛なギレスを許してやってくれ。さっきみたいにヴォリオス山のふもとに凶獣リノセロが出るのは珍しいけど、ウィルド王国内でシエンス人を見るのはもっと珍しいんだ。入るなら歓迎するが、無理に入る必要はないよ」


「ギレス?」


 リベールが見上げたので、ウェアウルフがハッとした様子で名乗る。


「ああ、まだ名乗ってなかったな。俺はギレス・エフカインだ。よろしくな」


 ギレスが手を差し出した。


 リベールは手を潰されないか少し不安になったが、すぐにその手を握り返した。


「よろしく、ギレスさん」


「ギレスでいいって。仲良くやろうぜ」


「ああ。よろしく、ギレス」


 リベールはギレスとの握手を終えると、今度は自分からホーリスのほうに手を差し出した。


「ホーリスさん、俺、ピオニールに入るよ」


「そうか。歓迎するよ」


 ホーリスは小手を着けた手でリベールの手を握った。

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