第33話 麗しき女剣士ホーリス・ウォルド(リベールSide)
リベール・オリンは道に迷っていた。
建前上の任務はウィルド王国の地質調査だが、実質的にただ追放されただけなので、ウィルド王国の地理は頭に入っていない。
もしベントを連れ戻せるのなら自分もシエンス共和国に帰れるが、リベールはそれをするつもりは毛頭なかった。
なぜ従順に開発し貢献していた自分があんなに邪険にされるのか。
なぜ投核弾開発の妨害ばかりしていたベントのほうが認められているのか。
まったく納得がいかない。
リベールはシエンス政府を恨み、ベントを憎んだ。
もしベントを見つけたら、いっそのこと殺してしまおうか。
ウィルド王国で野垂れ死にしたことにすればいいではないか。
リベールが川を見つけたときまでは、それは単なる妄想だった。
しかし川沿いに歩いていつの間にか山のふもとまで来たときには、かなり本気でそうしようかと考え始めていた。
だがリベールのその思考は足とともに止まった。
川沿いに行けば町があるだろうと考えていたが、まだ町は見つかっていない。
このまま川沿いに進むと山を登ることになる。体力の消耗がより激しくなってしまう。
日も暮れかかっている。
どうすべきか。右肘を左手にのせ、あごを右手にのせて考える。
そうして考えているリベールの耳に奇妙な音が聞こえてきた。
ザッ、ザッと砂をこするような音。
リベールが音の方に振り向くと、少し離れた所に体の大きな凶獣がいた。
太陽系地球のサイに似た獣、凶獣リノセロである。
「う、嘘だろ……」
凶獣リノセロは最高120 km/hで突進してくると聞いたことがある。
3本の角による串刺しを免れたとしても、その重量物の高速突進を受ければ即死は必至。
リベールは逃げようとしたが、足がもつれてその場に倒れた。
歩き詰めで足の疲労がピークに達していた。
どうにか立ち上がるが、走れそうにない。
「う、あ、あぁ……」
凶獣リノセロが走りだした。
リベールは思わず手を前に突き出して顔を伏せた。
なんて馬鹿なことをしているんだと自分で思いながら、その反射的行動には逆らえなかった。
――ドンッ!
リベールに衝撃が走った。
しかしそれは正面からではなく横からのものだった。
脇を何かに引っ掛けられたようで、体が浮いた。
地についたのは背中からだった。
慣性が働いて数メートルほど地面をすべった。
「大丈夫か!?」
その優しくも力強い声にリベールが顔を上げると、そこにはウィルドの馬ことアローゴにまたがった若い女性がリベールを見下ろしていた。
ボブカットの赤髪に碧眼が映えるその女性は、白いブレストプレートの上から赤いケープを羽織っており、腰の左には剣を差していた。
「すまない。緊急につき
女性はそう言いながらアローゴを降りると抜剣し、リベールから離れるように走りだした。
凶獣リノセロと戦うためにリベールから離れているのだ。
凶獣リノセロは走る女性に狙いを定めたようで、彼女に向かって突進を開始した。
女性のほうも凶獣リノセロに向かって走る。
リベールは息を呑んだ。
凶獣リノセロと女性の距離がゼロになる。
女性は体をひねりながら高く跳躍した。
青いピアスがキラリと光る。
角の間をくぐるようにして凶獣リノセロの頭上を越え、華麗に着地した女性の右手に剣は握られていなかった。
剣は凶獣リノセロの左耳に差し込まれていた。
凶獣リノセロは盛大に砂煙を巻き上げて地面をすべり、そのまま動かなくなった。
「す、すごい……」
相対的に120 km/hを越えているはずの速度下で、凶獣リノセロの小さな耳に正確に剣を差し込む技量。
ただ者ではない。
それ以上に彼女の動きは美しく、リベールはひたすら見とれていた。
女性は凶獣リノセロの元へ駆け寄り、剣を抜いてからリベールの元に戻ってきた。
「もう大丈夫。リノセロは仕留めたよ」
「あ、ありがとう。助かりました……」
リベールは自分よりひと回りほど若い彼女に見とれた。
さっきは華麗なる剣技に、今度は端麗なる容姿に。
女性が手を差し伸べてきてリベールがそれを握ると、グイッと引き上げられて立たされた。
リベールは疲れていて座りたかったが、彼女の手前、その気持ちはグッとこらえた。
「ボクはホーリス・ウォルド。ギルド・ピオニールの勇士だよ。キミはシエンス人?」
白いカッターシャツに黒いスラックス。その出で立ちを見れば誰だってシエンス人だとわかる。
ウィルド人の装いはみんなゴテゴテしているが、シエンス人はきわめてシンプルなのだ。
「そう、俺はシエンス人だ。リベール・オリンという。とある事情でウィルド王国に移住することになったが、行くあてがなくてね……」
「とある事情? いや、詮索はやめておこう。行く所がないなら、ひとまずうちのギルドホームに来るといいよ。そこで休んで行き先を決めればいいさ」
リベールはホーリスと一緒にアローゴに乗せてもらい、ピオニールのギルドホームへと運んでもらった。
そうしてウィルド王国での野宿という非常に危険な事態は避けられたのだった。
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