第32話 上司からのプレゼント(リベールSide)

 ベントを追放したことで獲得した敷地と資金により、投核弾の製造工場は着々と完成に向かっていた。


 その様子を監督するリベールは、サイス長官への当てつけのように淡い金髪を上げていた。


 そのオールバックというヘアースタイルは上司であるサイス科学省長官を真似たもので、「おまえのポジションは俺がいただくぞ」と暗に主張していた。


 そんなリベールの耳に、コンコンと金属を叩く音が入ってきた。

 サイス科学省長官が扉の代わりに近くにあった機械設備をノックして注意を引いたのだ。


「これはサイス長官、おはようございます」


 リベールの口から出てくる挨拶はいままでと変わりないが、もう頭までは下げなくなっていた。


 サイス科学省長官はリベールの髪型を一瞥いちべつして「似合っているぞ」と言ったが、鼻で笑った様子からして皮肉なのは明らかだった。


「先日言っていたプレゼントを持ってきてやったぞ。これだ」


 サイス科学省長官がリベールの眼前に1枚の紙を掲げた。

 それは大統領府からの指令書だった。


 そこにはこう書かれていた。




  極秘指令書


 リベール・オリン科学省開発主任にウィルド王国への潜入および地質調査の極秘任務を命ずる。


  シエンス共和国 大統領府




「え……? これはどういうことですか、サイス長官?」


「君にウィルド王国の観光をプレゼントしようと思ってね。投核弾の影響予測を補正する必要があるため、ウィルド王国の地質調査が必要だと大統領府に進言しておいた。君の開発した兵器で消えるウィルド王国の王都を見納めに観光してきたまえ」


 リベールはいまだ状況が飲み込めないでいたが、サイス長官の皮肉めいた笑みを見て、おそらくハメられたのだと察した。


「地質調査が必要とは寝耳に水な話ですが。地質調査なんて何をどうすればいいんですか?」


 リベールは語気を強くして問い詰めるように言った。


 しかしそれでサイス長官が怯むことはない。

 サイス長官はかつて見せたことのない冷えた視線をリベールに送った。


「それを考えるのが君の仕事じゃないか。君は科学省長官になるのだろう? そうなったときにも誰かに訊くのかね?」


 さすがのリベールも平常心を失い、オールバックにした頭をかきむしってサイス長官をにらみつけた。


「いやいや、地質調査はあなたが勝手に言いだしたことじゃないですか。必要ないものを必要だと言い張るのはさすがにタチが悪いですよ」


「いや、必要だよ。ここは地球ではないのだから、地盤の強度や振動伝達率を確認しておかなければシエンス共和国にも危険が及ぶ可能性がある。ウィルド王国にはちょうどベント君がいるじゃないか。彼にでも訊いてみたまえ。彼なら地質調査の必要性を理解できるだろうし、その方法もすぐに思いつくだろう」


「ベント!? なんであんなやつに……」


 リベールは不快感に歯を食いしばる。


 それを見たサイス長官が深いため息を吐きだした。

 これまでのわだかまりを抜きにしても心底呆れたという様子で説明する。


「なんでもなにも、ベント君が優秀だからだよ。そのことに気づいていないのは君だけだ。2府5省のトップはみんなベント君の優秀さを知っている。ベント君を追放したのは投核弾の開発を妨害する彼に自分の立場を思い知らせるためだ。投核弾完成の目処が立ったいま、シエンス共和国がいちばん欲しい人材はベント・イニオンなのだよ。逆に君はもう不要だ。今後の活躍にも期待していない。優秀なベント君を陥れるような人間はシエンス共和国にとって害でしかないからな。しかしベント君を連れ戻せるなら、君もお情けで帰ってこられるぞ」


 リベールは絶句した。


 ウィルド王国の地質調査というのは建前で、真の指令はベント・イニオンを連れ戻せというものだったのだ。


 連れ戻せないのならそのまま追放ということでもある。


 実質的な追放宣言。


 しかも自分とベントの評価がまるで逆だったことを知ってしまった。


 リベールは一気に血の気が引いて頭が真っ白になった。


 気づいたら地べたに尻餅をついていた。


「そんな……」


 それ以上は言葉が出てこない。


 自分がシエンス政府を手のひらの上で転がしていたと思っていたら、実際には逆に使い捨ての駒として利用されていただけだった。


 ベントの追放をリベールが仕組んだことは、シエンス政府にとっては都合のいいことだった。

 ベントのヘイトをリベールに押し付けられるからだ。


 シエンス共和国としては、ベントを一度追放することで反省させ、そのあとで連れ戻すことが既定路線だったのだ。


 サイス長官が冷淡にリベールを見下ろしている。

 心配するでもなく、あざ笑うでもなく、ただ冷ややかに視線を向けている。


 リベールは膝に肘をのせて頭を垂れた。


 しばらく沈黙していたリベールが力ない声を絞り出す。


「投核弾の開発が止まりますよ。どうするおつもりですか?」


「投核弾の開発は私が引き継ぐ。あとはもう製造の安定化と実使用テストだけだ。君は必要ない」


 リベールが完全に口を閉ざしてしまったので、サイス長官は残りの連絡を済ませる。


「潜入は明日だ。今日はもう帰っていいから、1日で準備を整えること。あと、この指令書は極秘書類なので私が持ち帰る。以上だ」


 サイス長官は去っていった。


 しばらく放心していたリベールだが、気を持ち直して最初にしたことは、副大統領に会いに行くことだった。

 事実確認と直談判が目的である。


 しかしリベールは門前払いをくらった。


 以前は会議によるつながりがあったから話ができたのだが、そういう特別な状況でもない限りは立場が違いすぎて会うことなどできないのである。


 リベールはそういったことに時間を使ったために、ウィルド王国潜入のための準備が半端になってしまった。


 潜入なので当然ながら関所は通らない。

 リベールは単なる旅行者の装いでウィルド王国へと押し込まれることとなった。

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