第29話 領主・コミス伯爵との取引①
ベントは約束の日時にモーヴ・コミス伯爵邸を訪れていた。
ベントが屋敷のメイドに案内された先は、絵画や骨とう品で装飾された広い応接室。
中央にはシンプルだが高級なテーブルとソファーが置いてあった。
「すぐに旦那様を呼んでまいりますので、こちらにてお待ちください」
ベントは指し示されたソファーに遠慮なく座り、部屋を出ていくメイドを見送った。
ひとりになった瞬間、立ち上がって部屋内の装飾品の数々を見て回った。
シエンス共和国では実用性の低いものは排除されがちなので、ベントには新鮮で刺激的な光景だった。
まだ半分も鑑賞しきらないうちに、コツコツと子気味のいい足音が聞こえてきた。
うしろ髪を引かれながらも、ベントは素早くソファーの前に移動して座った。
コミス伯爵はすぐに来た。
彼の騎士であるイ・ポティスも一緒だった。武装はしていない。
ベントはいちおう礼儀としてソファーから立ち上がった。
「ベント殿、今日はご足労いただきありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ時間を割いていただきありがとうございます」
コミス伯爵とベントは互いに会釈をした。
「先日の決闘、見事でした。領内に留まらず、領外でもベント殿の話題で持ち切りらしいですよ。シエンスから来たルーキーが凶獣リノセロを軽くひねり、プログレス最強の勇士を決闘で追い出したと」
「恐縮です」
ベントは照れる様子も見せず、そうひと言だけ返事をした。
「今日はポティスを同席させてもよろしいですか? ベント殿のご高説が彼の学びにつながればと思いまして」
コミス伯爵がそう言うと、騎士ポティスが深く頭を下げた。
「構いませんよ」
3人はソファーに腰を下ろした。
コミス伯爵も騎士ポティスも、ベントとジオスの決闘のことに興味津々だった。
撃音波銃については凶獣リノセロ討伐時に説明しているが、ほかの武器や装置についてはふたりとも初見である。
ベントはプログレスでの歓迎会のときと同様、ふたりにも細かく道具の説明をした。
「いやはや……」
ベントの説明が終わったとき、コミス伯爵からはそれ以上の言葉は出てこなかった。
隣では騎士ポティスが白目を剥いている。
ベントが説明している間、コミス伯爵も騎士ポティスも、メイドが持ってきた紅茶を何度も空にしていたので、明らかにしゃべり通しのベントよりも喉を渇かしていた。
「少し休憩しますか?」
ベントが気を遣ってそう尋ねると、コミス伯爵は手を振った。
「いいえ、構いません。続けましょう。ポティス、君は下がって休憩していなさい」
「すみません。失礼します」
騎士ポティスはフラフラになりながら部屋を出ていった。
ふたりになったところで、先に口を開いたのはコミス伯爵だった。
「ビジネスの話というのは先ほど説明いただいた武器の売買交渉ではないのですか? もし違うなら、それについても交渉したいのですが」
間違いなくそうくるだろうとベントは予測していた。
だからその回答はあらかじめ用意していた。
「今回の取引の目的は武器の売買交渉ではありません。凶獣リノセロの討伐やジオスとの決闘で使った道具は、私がシエンス共和国にいたころにシエンスの開発環境を使って独自に開発したものなので、私自身を使用者として登録した現品ひとつずつしか存在しません」
「登録?」
「ええ。波銃も小型GESもほかの道具も、すべて使用者を登録する仕様となっています。生体認証でロックが解除されるので、私以外の人間には使えません」
「そ、そうなんですか。それなら仕方ありませんね……」
コミス伯爵の頭がガックリと垂れた。今回の取引ではそれを期待していたのだろう。
しかしベントはコミス伯爵の反応を見ても焦らない。
それは今回の取引がコミス伯爵にとって武器売買よりもずっと有益なものであり、コミス伯爵ならそれを理解できるだろうと踏んでいるからである。
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