第23話 プログレスの勇士たち②

「おっほん!」


 渋い咳払いが全員の注意を引き、視線がギルドマスターへと集まった。


「俺とリゼのことはすでに知っていると思うが、改めて自己紹介をしよう。俺はグイル・マステル。このギルド・プログレスのギルドマスターを務めている。元々はランク2ndの戦士だったが、もう引退したのでいまは純粋な職員だ。だいたい2階のギルドマスター執務室にいるから、何かあったらいつでも声をかけてくれ。改めて、よろしく!」


 グイルが隣に視線を落とし、それを受けてリゼも改めての自己紹介をする。


「リゼ・ティオニスです。プログレスの受付をやっている職員です。よろしくお願いします」


 リゼが軽く頭を下げると、美しいブロンドヘアーがサラサラと流れてまわりの視線を集めた。

 その中でもアルチェはいちばん遠慮のない視線をリゼに向けていた。まるでみずみずしい果実を見るかのように。


「そういえば、おなかが空いたわ。そろそろ食べましょうよ」


 アルチェの言葉にグイルがうなずき、その場に立った。


「そうだな。それじゃあ始めるとしよう。ベント殿を歓迎し、乾杯!」


「かんぱーい!」


 みんな腹を空かせていたようで、しばらくはおのおの目の前の料理に夢中になっていた。


 半分ほど空いた皿が出てきた頃合で、ウェアウルフのフォルマンがベントに声をかけた。


「ベント殿、ジオスとの決闘の話だが……」


 これまで誰も口にしなかった名前がようやく出てきた。


「その件についてはすみませんでした。彼を追い出すことになってしまって」


 ベントは建前上、謝罪しておいた。


 いまの雰囲気を素直に受け取ればベントは歓迎されているようだが、ジオスを追い出したことをみんながどう思っているのかは実のところわからなかった。


 ジオスはプログレスの主力だったからギルドの戦力を削られて迷惑だと思われているかもしれないし、ジオスは高圧的で性格が悪かったから逆にせいせいしたと喜んでいるかもしれない。


 いままで名前が出てこなかったのはみんなが空気を読んだからに相違ないが、その根底にあるのがベントへの好意なのか嫌悪なのかはわからなかった。


「いや、それはいいんだ。みんなあいつの態度には辟易へきえきとしていたからな」


「そうそう! むしろよく追い出してくれましたって感じだわ。ねぇ、フォルマン」


 アルチェが腕をフォルマンの首に回して笑った。しかもどさくさに紛れて狼の首毛をモフモフしている。


 彼らによると、ジオスはプログレス内では厄介者だったらしい。


 プログレスの勇士たちはジオスにふたつの意味で逆らえなかった。


 ひとつはランク2ndの依頼を処理できるのがジオスしかいなかったので、ジオスがいないと困る状況だったこと。


 もうひとつはジオスがプログレスでは最強だったので、誰の言うことも聞かなかったし誰も言うことを聞かせられなかったこと。


 しかしベントがジオスに勝ち、ランク2ndの依頼も自分が処理すると宣言した。


 気性が荒くてギルド内に不和を生むジオスの追放はむしろ歓迎されていた。

 ジオス追放に関して誰も責めてくる様子はなく、ベントは身内への警戒心を軽減できるので胸をなでおろした。


 フォルマンはアルチェのウザがらみを無視し、ベントに視線を注いだ。


「そんなことより、決闘で使っていた武器のことを教えてくれないか? 俺はこう見えて情報屋でな。新しいものや不思議なものを見ると好奇心が抑えられないんだ。金を払ってもいい。どうか教えてくれ」


 フォルマンがベントにジオスの話題を持ちかけたのはそれが目的だったようだ。


「ああ、アレですか。構いませんよ。情報料も不要です。すべてお教えしますよ」


「ホントか!? ありがたい!」


 ベントがあっけなく了承したので、フォルマンが身を乗り出して目を輝かせた。


 もちろんベントは情報の価値をじゅうぶんに理解している。おそらく情報屋を名乗るフォルマンと同程度には理解しているだろう。


 ただ、ベントは開発や発明に関しては特別な考え方を持ち、知的財産という観念を毛嫌いしていた。

 というのも、特許によりそれを独占したり、それ以前に情報を隠匿したりすることは、社会全体の技術発展を遅らせることになると常々考えていた。

 すべてをオープンかつフリーにすれば、開発品の流通を早められるし、他者が根本原理を変えずにそれを改良することも可能になる。


 かつてベントは上司であるサイス科学省長官にその持論を展開したことがある。


 そのときは「それは君が天才で新しいものを無尽蔵に思いつくからそう思うのだ。ほかの人間にとってはゼロからイチを作り出すだけで大変な労力を必要とする。だから生み出した当人は知的財産という形でその利益を保証されるべきなのだ」などと言われた。


 それを聞いてもベントは「みんな欲深いなぁ」としか思わなかった。


 だからベントは開発品に関する情報提供を惜しまない。

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