第21話 決闘、ジオス・アウトロ②

 ベントはさっきから表情をまったく変えていない。


「さっきのは質問ですか? 先にこっちを説明してほしいのですか?」


 ベントは白いスプレー缶を見せながら首をかしげた。

 それを煽りと捉えたのか、ジオスは眉間のしわを増やし、歯をギチギチと噛みしめた。


「いらねーよ。望みはひとつ。死ねぇえええええっ!」


 ジオスはベントに向かって走りながらモーニングスターを振りかぶった。


 ベントはやはり動かない。


 モーニングスターにスプレーをかけていた以上、このベントが本物だとジオスも確信しているのだろう。ジオスはベントに愚直に突っ込んだ。


 ジオスがモーニングスターを振りながらベントに肉薄したとき、その表情には狂喜じみた笑みが浮かび上がっていた。

 ジオスは勢いのままに力強くトゲ鉄球を打ち下ろした。


 しかし次の瞬間、彼の目は大きく見開かれ、歓喜に緩んでいた褐色のほおが一瞬にしてこわばった。

 トゲ鉄球がベントの頭上で急に方向転換して上方向に飛んだのだ。

 鎖でつながれたそれは遠心力に導かれ、ジオスの背中に激突した。

 鉄球のトゲが鋼鉄のバックプレートに突き刺さる。


「ぐわあああああっ!」


 ジオスは地面に叩きつけられた。


 モーニングスターも盾も手放し、起き上がろうと両腕を地面に立てる。

 しかし体は持ち上がらない。

 顔だけ上げてベントをにらみつける。


「何をしやがった……」


「いまさら訊くのですか? さっき説明を拒否したじゃないですか。そもそも、あなたがそうなったのはこんな殺傷力の高い武器を使ったからですよ。自分に返ってきただけ。自業自得です」


 それは言葉のアヤでも何でもなく事実だった。

 ジオスは跳ね返ってきた自分のトゲ鉄球にやられたのだ。

 彼に返す言葉なんかあるはずがない。


 ベントはモーニングスターを拾い上げた。

 片手では重くて持てなかったので、両手で抱える。


 ジオスは勝手に自分の武器に触れるベントをにらみつけた。

 改めて起き上がろうともがくが、やはり起き上がれない。


 ベントはそんなジオスを無表情のまま見下ろしながら切り出した。


「私も……」


「あ?」


「私もひとつ質問させてください」


 ベントが何を考えているのかは、おそらく誰にも読めないだろう。


 しかしベントにはジオスの心理が読める。

 余裕のないジオスには、ベントが予想を外すほど思考の選択肢がないはずなのだ。


 ジオスはベントの質問に答えるつもりはないだろうが、その質問とやらは聞くだけ聞くはずだ。

 数秒だけの会話だろうと、その時間のぶんだけ体を休められるのだから。


「何だ? 和解だったら受け入れねぇぞ。俺はおまえを許さん。もし俺が負けたとしても、プログレスでランク2ndの依頼をこなせる勇士がいなくなって責められるのはおまえだ」


「あの、そういったことではありません。後学のために興味で訊くだけです」


 ベントはほんの少しだけ無表情を崩した。


「あ? だから何なんだ?」


 ジオスの催促を受け、ベントは一度息を吸ってから答えた。


「あなたはこの決闘で自分が敗北することをうっすら悟っていると思いますが、いまの気持ちとしては、恥ずかしさと悔しさ、何対何くらいの割合ですか?」


「ぶっころおおおおおおすっ!」


 ジオスは咆哮し、猛然と立ち上がった。凶獣リノセロが突進するかのような気迫を見せている。


「なるほど。ご回答ありがとうございました」


 ベントの調子は変わらない。ジオスのことを煽る意図はないので、ジオスが怒りをあらわにしても喜びを示さない。

 ベントはあくまで事務的な口調でお礼を言った。


 ジオスはベントに飛びかかった。盾も拾わず、拳を強く握りしめて。

 その狂戦士然とした様相は、さっきまでの苦しみを気合で吹き飛ばしたというよりは、怒りのあまり感覚が麻痺しているようだった。


「それは俺のだ! 返せぇえええ!」


「もちろん、これはお返ししますよ」


 ベントはモーニングスターを両手で腹に抱えたまま、器用に右手の位置をズラして左手首の腕輪のボタンを押した。


 その瞬間、モーニングスターが弾丸のごとく飛んだ。

 そしてそれはジオスの腹に直撃した。


 ジオスが幹の太い木に背中から激突する。

 その衝撃で大木が折れた。

 腹にトゲ鉄球が突き刺さったジオスも大木と一緒に横倒しになった。


 グイルがジオスの元に駆け寄って状態を確かめる。

 ジオスは白目を剥いて気絶していた。


「そこまで! この決闘、勝者をベント・イニオンとする!」


 グイルはそう宣言したあと、プログレスのギルドメンバーをひとり呼んでジオスを介抱するよう言った。


「へぇ、すっごーい!」


 紫のフードで顔の上半分を隠した女がパチパチと小刻みに手を叩いている以外は、プログレスの勇士も領民たちも口をポカンと開けて固まっていた。

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