第17話 凶獣リノセロの討伐③

「ところで、伯爵さんはなぜこんな所を通っていたのですか? ディティカ橋付近には凶獣リノセロが出るという情報は領主の元には届いていなかったのですか?」


 コミス伯爵はベントの無遠慮な問いに苦笑した。

 しかしベントの説明がまるで理解できなかったことを悟られたくないのか、コミス伯爵もすぐにそちらの話題に乗った。


「その情報はもちろん私の元にも届いていましたよ。しかし私は外せない用事で王都に向かう必要がありました。メシス橋が嵐で崩落しているとなると、どうしてもこのディティカ橋を通る必要が出てくるのです。ヴォリオス山をぐるりと回る北のルートは時間がかかりすぎるのでね」


 ベントには聞き覚えのあるような話だった。

 リゼもメシス橋が崩落したせいでディティカ橋を通るルートを使い、そのせいでギルド・バーキングの連中に絡まれたのだ。


 コミス伯爵より背の低い騎士ポティスがコミス伯爵の横に出てきた。

 そしてコミス伯爵の説明を補足する。


「いちおう事前に協議はしたのですが、頻繁に往来する行商人ならまだしも、まさか滅多に通行しない我々が遭遇などしないだろうと甘く見積もってしまいました。それに我々が乗っているのはダロスよりも足の速いアローゴなので、凶獣リノセロからも逃げられるだろうと踏んでいたのです」


 この男はコミス伯爵に仕える騎士らしい。


 ベントはコミス伯爵に気を遣い、騎士ポティスだけを見て言った。


「凶獣リノセロを警戒しているのに、足の速さをダロスと比べても意味がありません。アローゴの最大走行速度は100 km/h、対する凶獣リノセロの最大突進速度は120 km/h。凶獣リノセロのほうが速いですよ」


「面目ありません……」


 騎士ポティスがまた両肩を落とした。コミス伯爵が彼の肩をパンパンと叩いて励まし、ベントの相手を引き継いだ。


「メシス橋の復旧手配は領主としての私の責務なので、ディティカ橋を使わざるを得なかった責任も私自身にあります。ただ、領地というのは川で仕切られていて橋は領境にあるものなので、復旧するにしても手続きが複雑なのです。私の王都への用事というのも、私が主導でメシス橋を復旧することをウィルド王家に許可いただくためのものでした」


「なるほど……」


 ベントは閃いた。

 ベントはシエンス共和国にいたころに開発したエアバイクを自作しようと考えていたが、その環境と費用を確保するためにはかなりの資金が必要となる。

 コミス伯爵にはベントの研究開発の恩恵を約束し、その支援者になってもらいたいと考えたのだ。


「伯爵さん、私から提案したいことがあります。腰を据えてじっくりと話したいことがあるので、後日、伯爵邸に伺ってもよろしいですか?」


 もし断られても食い下がるつもりはない。

 ベントの誘いを断るのなら、それはコミス伯爵に先見の明がないということ。

 その程度の人間とはベントも手を組みたくはない。


 コミス伯爵はあごに手を当て、少し考えてから答えた。


「ええ、構いません。いちおう確認ですが、その提案というのはどういったたぐいの話ですか?」


「ビジネスライクな話です」


「わかりました。お待ちしています」


 コミス伯爵は賢明な男だった。


 コミス伯爵も暇ではなさそうだし、いきなり同じ提案をしても断られていただろう。

 しかし先ほどベントは奇妙な武器を使いこなし、原理を説明してその難解な仕組みを十全に理解していることを示した。

 コミス伯爵の目に映ったベントは、非常に優秀な人間であり、天才である確率が高い男だったはずである。


 まずは話を聞くだけなのだ。これを断れば悔やんでも悔やみきれない大きな損失となることは明白。


 ベントとコミス伯爵は握手を交わし、そのあと、護衛の意味も含めて3人で伯爵領都へと帰った。

 イーゼルちゃんにはコミス伯爵を乗せ、騎士ポティスとベントで2頭のアローゴを引いた。


 ベントはコミス伯爵を伯爵邸まで送り届けると、訪問の日程をすり合わせた。


「それでは伯爵さん、当日を楽しみにしています」


「私もです。あ、今日助けていただいたお礼に、凶獣リノセロの運搬は私どもで手配しておきますよ。プログレスのギルドホームに運ばせておきます」


「それは助かります」


 その気遣いはコミス伯爵の心からの感謝の証なのだろうが、おそらく後日のビジネスライクな話し合いのときに貸し借りのないフラットな状態で取引をしたいという気持ちもあっただろう。


 ベントもそのほうがコミス伯爵を見極めやすくなるので好都合だった。


「では、失礼します」


 ベントはイーゼルちゃんにまたがり、プログレスのギルドホームへと帰っていった。

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