第10話 紫とポディの勇士証
「ベント殿、ギルドが表立ってサポートするためにプログレスの勇士として登録してくれるか?」
「ええ、構いません」
「それでもあまり一個人を優遇するとほかの勇士の反感を買うことになるだろう。そうなったらできる限り俺が抑えるが、それにも限界があることはわかってくれ」
3人はギルドの受付台まで行って勇士登録の作業を始めた。
リゼがベントの顔写真を撮って端末に情報を入力する。
レトロな装置だが、古びた感じはしない。シエンスと交流があったころに渡った古い技術が、いまもなお生きているのだ。
シエンスでは機械はすぐに廃番になって新しいものに替わるが、交流が制限されたせいでウィルドではずっと同じものが製造される。
「はい、これがベントさんの勇士証です」
やがて、機械から1枚のカードが出てきた。
リゼがそれを取り、ベントに差し出す。
「ありがとうございます」
ベントはリゼから勇士証を受け取り、それをまじまじと観察した。
勇士証明書と書かれている。リゼの言った勇士証というのは通称である。
勇士証はギルドのモチーフカラーである紫色で縁取られており、カード全体の背景にうっすらとポディの絵が描かれている。
ポディというのは太陽系地球のネズミによく似たげっ歯類の動物である。
各ギルドにはモチーフとなる色と動物が決まっている。
プログレスのモチーフは紫色とポディだった。
そのほかにはベントの名前と顔写真が入っており、ギルドランクとして5thと記載されていた。
ギルドランクの枠内に白色の記章絵が箔押しされている。
「それはギルドに所属する勇士の身分証明書だ。悪用されたらプログレスの
「わかりました」
ベントはしばらく勇士証を観察していた。
その顔を上げたところでグイルが尋ねた。
「ベント殿、さっき最低限のサポートをしてほしいと言っていたが、具体的には何をすればいい?」
「そうですね。大きくふたつあります。ひとつ目は寝泊まりと食事ができる場所の確保です」
「まあそれは必要だな。夜はここギルドホームに寝泊まりしてもらって構わない。応接室のソファーを使ってくれ」
グイルが応接室の場所を示しながら説明した。
食事に関してはリゼが説明を引き継いだ。
「食事は《プロトポリア》という飲食店がこのギルドホームに隣接しています。ギルドと内部でつながっていて、営業時間内であればギルド側で注文して飲食することもできますよ」
彼女の言うとおり、ギルド内には飲食店へとつながる通路があった。
リゼがニコッと明るくほほえんだので、ベントはプロトポリアの食事はきっとおいしいのだろうと推測した。
「ベント殿、ウィルドの通貨は持っているか? ないなら、しばらく食事代は俺が融通しよう」
「いえ、大丈夫です。あの依頼掲示板に出ている依頼を達成すれば報酬がもらえるのでしょう?」
「ま、まあ、そうだが……」
グイルは不安そうにベントを見た。
ほとんどの依頼は凶獣の討伐だが、ベントの体型は戦士のそれとはかけ離れている。
グイルがリゼに視線を移すと、リゼは笑顔でうなずいてみせた。
ひとりでバーキングの勇士を5人も倒したのだからベントが強いのは間違いない。
これ以上は杞憂と判断したか、グイルは話を進めた。
「それで、もうひとつの要望についても聞かせてもらえるか?」
「はい。このギルドに研究室を設置させてください。要するに私専用の場所が欲しいのです」
「研究室?」
「ええ。私はプログレスの戦士としてではなく、主に職員として活動するつもりです。それも受付などではなく、研究室にこもって研究と開発をします。給与は不要なので、場所だけください」
グイルは腕を組んで唸った。
ベントのその要望はさすがに予想していなかったらしく、2階の応接室に何度か視線を向けてはうつむいて考え込んだ。
その様子から状況を察したベントは、ギルドの対応可能範囲を探る。
「プログレスの所有する土地で余っている場所はありませんか? 自分で増築の手配をするので更地でも構いません」
「それならギルドホームの裏手の一帯なら空いている。そこを使ってもらうとしよう」
ギルドの所有する土地にはもちろん限りがあり、それは簡単に一個人に与えられるものではない。
それでもグイルが融通を利かせたのは、ウィルド王国を救うためにベントを信じたということである。
「ありがとうございます。プログレスに損はさせないので、あとは任せてください」
ここまで自信に満ちたことを口にできるのはランク1stの勇士くらいのものだろう。
ランク1stといえば世界でも数えるほどしかいない最強クラスの勇士で、貴族ですら下手に出るほどの大物。
当然ながら弱小ギルドであるプログレスにランク1stの勇士なんていない。
グイルが不安そうに眉を下げている。ベントの言葉が身の程知らずの単なる
だが、誰が何をどう不安に感じようがどうしようもない。
彼はとにかくギルドマスターとして事のなりゆきを見守る以外に道はないのである。
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