第11話 リベール・オリンの挨拶まわり(リベールSide)

 シエンス共和国にて、投核弾に関する調整会議がおこなわれたあと、投核弾の開発を指揮するリベール・オリン開発主任は関係者に挨拶をして回っていた。


「ラトミン副大統領」


 リベールがグレーのスカートスーツをはいた壮年の女性に声をかけると、彼女はいつもの鋭い目つきのまま微笑を浮かべた。


「あら、オリン開発主任。調整会議、お疲れ様でした」


「はい、お疲れ様です。このたびは投核弾の開発に関して便宜べんぎを図っていただきありがとうございました。それに前回の会議前にお願いしたベント・イニオンの追放についても早期にご対応いただき深く感謝しております」


 リベールはラトミン副大統領に頭を下げた。


 ラトミン副大統領はリベールが顔を上げるのを待たずに返す。


「当然のことですよ。元々ウィルドを攻め落とせる兵器の開発を指示していたのは我々なのですから。それにベント・イニオンに関してはむしろあなたに感謝しています。彼が経費を横領して我々の妨害をしていたことをよく密告してくれましたね。同じ開発部門の身内なので心苦しかったでしょう」


「いえ、私も彼に邪魔をされていた立場なので」


「そうですね。これからはあなたが開発費を独占することになります。投核弾の安定製造を早期に実現できるよう、邁進してください」


「はい。全力で取り組みます」


 リベールはふたたび頭を下げてラトミン副大統領を見送った。


 そのあと、ネイス財務省長官、ファラリオン国務省長官、シンド産業省長官、ティリー軍事省長官にも挨拶をして回った。


 総じて感触はよく、特にティリー軍事省長官からは大きな期待を寄せられていた。


 自分の研究室に帰ると、見計らったようにサイス科学省長官がリベールを訪ねてきた。


「リベール君、ちょっといいかね?」


「はい、何でしょう?」


 サイス科学省長官の声のトーンがいつもより低い。表情も少し暗く見える。


「ベント君追放の件だが、君が手を回していたのだな」


「そうですよ」


 リベールはあっけらかんとして言い放った。


 白髪混じりのオールバックの下で、サイス科学省長官の目が鋭く細められる。


「そうか。よくわかった」


 その含みのある言い方を聞いて、リベールはきびすを返すサイス科学省長官をうしろから呼びとめた。


「もしかして怒ってます? さっきあなたにだけ挨拶をしに行かなかったからですか? 自部門の人間だから普通は行かないと思いますが」


 振り向いたサイス科学省長官のひたいには青筋が浮かんでいた。先ほどにも増して目が鋭くなっている。


「私が怒っているのは、ベント君の追放について私にひと言も相談をしなかったことだ。ずいぶんと勝手な真似をしてくれたな」


 リベールは眉を下げて鼻で笑った。


「必要ないでしょう? あなただって常々ベントのことをうとましいと言っていたじゃないですか」


「私は君の直属の上司であり科学省のトップだぞ。その私になんの連絡もなく勝手に他部門と外交するなど言語道断だ。それにベント君は投核弾の開発を妨げてはいたが、それを除けば必要な人材だった」


「意味がわかりません。投核弾の開発を妨げているのに必要とは?」


「シエンス共和国がウィルド王国を支配するのは既定路線だ。仮に投核弾が完成せずとも時期が少し遅れるだけで結果は変わらん。君はそのあとのことを考えているかね? 君は指示を出されて兵器を開発しているだけだが、そのあとは国の発展に何が必要なのかを自分で考え、それを実際に開発していく必要がある。それも継続的に。ベント君は天才だ。先見の明があり、開発力もずば抜けている。ウィルド王国支配後には必ず必要な人材だったのだ。投核弾の妨害行為を私が容認するほどにな」


 実際、シエンス共和国の交通網のほとんどを担っているエアバイクを開発したのはベント・イニオンであった。

 地面から15cmほど浮いた状態で移動できるバイクで、最高速度は100 km/h程度。

 シエンス共和国発展の立役者と言っても過言ではない。


「はぁ……」


 リベールは大きなため息をついた。「ご高説どうも」とでも言いたげな、打っても響かない態度を示す。


「リベール君、君は私のことを見くびっているようだな。私が2府5省の長官たちの中で最年少だからか?」


「シエンス発展の立役者なんて小さいと思いませんか? 私はこれから世界統一の立役者になる科学者ですよ。それにサイス長官は各省長官たちの間で浮いているようですが、私はうまく取り入っています。あなたと違って」


 リベールは科学省長官の座を狙っていた。

 つまりサイス科学省長官は第2の邪魔者ということである。


「愚かしいな、君は。他部門に下手に出るような人間が省のトップになれば、その省は完全に格落ちしてしまう。それは絶対に避けなければならん。その点で言えば、他部門の長官にもこびへつらうことのないベント君のほうがよっぽど長官の素質はあったな。もちろん単なる開発主任の態度としては看過できるものではなかったが」


 リベールは何度もベントと比較されたことが気にさわり、表情を隠さなくなった。

 眉間にしわを寄せ、片眉を上げた。

 とても上司に向ける顔ではないが、リベールはお構いなしだった。


「サイス長官、あなたも大概ですよ。長官のあなたは私の開発によって部門の成果という恩恵を得られるんです。少しは私に感謝してほしいですね」


 サイス長官は口を閉じてまぶたをヒクつかせたが、一度目を閉じて次に開いたときにはすべての表情を消し去っていた。


「そうか、そうかもしれないな。私は君に感謝の印として何かすばらしいものをプレゼントせねばなるまい。楽しみにしていてくれたまえ」


 リベールはイヤミったらしい笑顔を浮かべ、部屋を出ていくサイス長官を見送った。

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