第7話 レンタル・ダロス
ベントたちはリゼのホームギルドであるプログレスを目指し、移動用動物の背中で揺られていた。
「リゼさん、この動物がアローゴですか?」
ベントが好奇心のままにペタペタと触るものだから、リゼは苦笑混じりに答えた。
「いえ、これはダロスです。アローゴに乗るのは貴族や高ランクの勇士だけです。庶民はだいたいこの子たちダロスに乗っています」
シエンス共和国ではウィルド王国での移動手段としてアローゴの名前をよく耳にするが、ダロスの名前はあまり聞かない。
だからベントが初めて見たウィルドの乗り物をアローゴだと思うのも無理はなかった。
だがベントは戸惑ったりしない。ダロスについても知識は持っていた。
ベントは研究・開発という仕事柄、太陽系にある地球の科学文明を引き合いに出して比較することが多かった。
アローゴに関してもダロスに関しても、地球によく似た動物がいることを知っている。
アローゴは地球の馬という動物とよく似ている。
だが筋肉量が馬の数倍ほどあるため、馬よりも速く、そして持続的に走ることができる。
また、ダロスは地球のロバという動物とよく似ている。
こちらもロバより筋肉量が数倍多いため、ロバより速く長く走ることができる。
「なるほど、これがダロスですか。ところで、このダロスはどこから連れてきたのですか? 鞍も付いているので、野生ではありませんよね?」
「ベントさんが乗っているのはレンタル・ダロスです。街で借りたものです。私が乗っているのはギルド・プログレスが飼っているダロスで、イーゼルちゃんっていいます」
「レンタルですか? どうやって返却するのですか? さっきの街まで返しに行ったら、また移動手段がなくなると思いますが」
「ダロスには帰巣本能があるので、解放すると勝手に元の場所に帰っていきます。だから道中でダロスから降りる際は必ずどこかにつないでくださいね」
リゼはニコリとほほえんだ。
ベントは黙ってうなずいた。
ベントとリゼは横に並んで進んでいるが、少しずつベントのダロスが遅れがちになるので、リゼがときどき立ちどまってベントを待った。
歩行速度に差が出るのはダロスの性能差というよりベントの荷物が重いせいだった。
ベントが背負う大きなキャリーバッグには発明品が詰まっているので、その重量は見た目以上に重い。
ダロスの歩くスピードが通常より少し遅いので、移動にも余計に時間がかかった。
ベントは間が持たないなどということを気にするタイプではないが、こういう移動時間に暇を持て余すのはもったいないと考えるタイプである。
せっかく時間があるので、いろいろと質問をして情報を収集することにした。
「ところでリゼさん、緑のギルド、バーキングでしたっけ? なぜ彼らに絡まれていたのですか? 三大ギルドの一角があんな不埒なことをしてまかり通るのですか?」
リゼは「あはは……」と苦笑した。
彼女もそんなことがまかり通っていいわけがないと思っているらしい。
リゼがギルドに関する情報と事の顛末を語る。
「ギルドは定期的にウィルド王城に活動報告書を提出しに行かなければならないので、ギルド職員の私がその役目を果たしに行っていたんです。ただ今回、問題があって遠回りをする必要がありました」
「問題?」
「私たちのギルド・プログレスと王城の間にはメシス川があって、メシス橋を渡らないと王城には行けないんですけど、そのメシス橋が嵐で崩落してしまって、まだ修繕されていないんです」
「なるほど。それで不本意にもバーキングが縄張りを主張する土地を通らざるを得なかったというわけですか」
ウィルド王国は川が多い。
ゆえに、ほとんどの領地はどこかの橋を渡らなければ王城へは行けない。
リゼの説明によると、北側から回る道もあったようだが、そちらは南のバーキング側を通る場合の倍の距離になるのだという。
ダロスのイーゼルちゃんの負担を考えるとやむを得なかったということだ。
「ギルドは各領地にひとつずつあって、基本的にそこのギルドがその領地の凶獣討伐を担当する形になっています。だからといって、よそのギルドが凶獣に手を出してはいけない決まりはありませんし、通るだけならなおさら問題ないはずなんです。でもバーキングは縄張り意識が強くて粗暴な人が多いから……」
つまり、バーキングの連中はよそのギルド、それも小ギルドの人間を見つけたら、高確率で因縁をつけてくるというわけである。
「あ、見えてきました! あれが私たちのギルドホームです」
話をしているうちに、ふたりはプログレスのギルドホームに到着した。
陽は完全に落ちて辺りは暗くなっているが、ホームの玄関先にある橙色のうすぼんやりとした灯りが木造の建物をほのかに照らしている。
プログレスのホームは角ログで造られた2階建ての大きなログハウスで、隠れ家然とした落ち着いた雰囲気があった。
このような趣深い建物はシエンス共和国ではよほどの僻地に行かなければお目にかかれない。
表情には出さないが、ベントは旅行先の別荘に着いた気分になってテンションが上がった。
「ベントさん、この子を戻してくるので、ここで待っていてくださいね」
「はい」
リゼがイーゼルを厩舎に入れている間、ベントは自分が乗ってきたレンタル・ダロスが来た道を帰っていくのを黙って見送った。
リゼが戻ってきてベントを案内する。
2段ある石段を上がり、扉に手をかけると、振り返ってベントに笑顔を向けた。
「ベントさん。ようこそ、ギルド・プログレスへ!」
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