第4話 追放宣告②

 腕を組んだリベールがベントのことを冷たい目で見下ろしてくる。

 しかし口元は嬉しそうにゆがんでいた。


「おまえ、政治が下手だな。お偉方の集まる議会で正論を吐いてどうするんだよ。内輪の技術会議じゃないんだぞ」


「そうは言いますが、ウィルド王国での不必要な虐殺を見過ごしていいんですか? あそこで何も言わなければ虐殺の加担者ですよ」


 リベールの冷たい視線は相変わらずだが、その冷たい雰囲気が口にも及んだ。

 彼はよく頭の悪い人間を軽蔑して見下すが、そのときの顔をいまベントに向けている。


「わかんねーかなぁ? 虐殺は仕方なくじゃないんだよ。虐殺したいんだよ。そもそもウィルド王国に侵攻するのは資源枯渇問題を解決するためだ。ウィルド王国を支配できたとして、人口が変わらなかったら問題解決にならんだろ。つまり、大義名分のもとで世界人口を減らしたいんだよ」


「それなら最初からそう言ってくれればいいじゃないですか。それで私の開発品が自分たちの意図するものとは違うなんて言われても、私の知るところではありません」


「バーカ。議事録に残るのに、そんなこと言えるわけがないだろ」


 だったら議会が終わってからこっそりそれを伝えればいい。

 実際、リベールには伝えてあったのだろう。

 ベントに伝えられなかったのは、どうせ従わないからだ。


「リベール先輩、保険をかけられていたんですね」


「は? なんだよ、それ……」


「だって、虐殺兵器が欲しいなら最初からリベール先輩だけに資金を回せばよかったじゃないですか。それなのに意図から外れた兵器を開発する私にも資金を回してきたってことは、リベール先輩の開発がうまくいかなかった場合に備えて少しでも利用できるものが欲しかったということになりますよね?」


 リベールは一瞬だけ両目を大きく見開いたが、すぐに鋭く細めてベントをにらんだ。

 こめかみに青筋を立て、まぶたをヒクつかせながら声を荒げる。


「おまえ、俺をバカにしてんのか? そんな下らない憶測は思いついても口にするんじゃねーよ。おまえみたいな失言野郎は追放されて当然だな。あーあ、わざわざ根回しして損した」


「根回し?」


「おまえを国外追放するよう、俺が各長官に口添えをしたんだよ。サイス長官には副大統領から言い含めていただいた。ベント・イニオン開発主任は好奇心が旺盛すぎて思いついたものを好き勝手に研究しだす危険分子だと警告した。それに伴い開発費用も流用するので、横領の常習犯であるとも」


「へぇ。リベール先輩、そんなことを……」


 リベールの密告にあった開発費用の横領は嘘ではない。

 ベントに与えられた開発費用の余剰ぶんが投核弾の開発に回らないよう、自分ですべて使い果たしていたのだ。


「俺の根回しがなくても同じ結果だったろうよ。赤の他人のために権力者に逆らう自分に酔いしれているのか知らねえが、おまえみたいな偽善者にはふさわしい末路だな」


 リベールは相変わらずベントを冷たく見下ろしていた。


「私は偽善者じゃないですよ、リベール先輩」


「は? 大局を見据えず思考停止で人の命が大事だなどとほざくやつは偽善者でしかねーよ。ま、バカにはわからないだろうがな」


「だから違いますって。私は本当に人間が好きなんですよ。人間って未知の部分が多くておもしろいのに、資源の枯渇くらいでその数を減らすなんて、もったいないじゃないですか」


「…………」


 リベールは口をつぐんだ。


 ベントがどうしたのだろうと様子をうかがっていると、ボソッと荷物整理を促すよう告げて去っていった。


 そんなリベールの背中に向けて、ベントはボソリと独り言を投げた。


「言われるまでもありません。もう荷物整理はほとんど終わっていますよ」


 実はベントは元々科学省を離れる機をうかがっていた。

 自分が所属する組織の理念に賛同できず、独立しようと考えていたのだ。


 潤沢な開発資金に甘えて長く居座ってしまったが、これでついに動かざるを得なくなった。


 ベントは見納めに廊下の窓から外の景色を見た。


 ここは科学省庁舎五階。

 正面を向けば高層ビルが並んでおり、下を向けばスーツ姿の人々がせわしなく行きかっている。


 シエンス共和国の首都はどこも似たような風景で、息が詰まりそうになる。


 この日常風景とお別れすることになるが、ベントは特に名残惜しいとは思わなかった。

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