第2話 厳粛なるシエンス共和国議会②
そんな重い空気の中、口を開いたのは議長ではなくティリー軍事省長官だった。
「そのGESという装置はもう必要ないのでは? オリン君の投核弾があれば事足りると思いますが。軍事省長官の立場から言わせてもらうと、無力化できるのが人外だけでは、結局は人と人の直接戦闘による戦争をすることになります。どちらの兵器が自国民の被害を抑えられるかは明白でしょう」
ベントはティリー軍事省長官の考えを図りかねた。
投核弾で被害が抑えられるのは自国民に限れば当然である。
しかしそれで戦争に勝利したとして、併合されたウィルド王国の人々の感情がどういうものになるかは火を見るより明らか。
それが長いことくすぶりつづけ、些細な火種で頻繁に紛争が起こることは想像に難くない。
そもそも、軍事省のトップのくせに戦争のシミュレーションがまったくできていない。
シエンスには無人のロボット兵器だってあるのだ。
「失礼ながらティリー軍事省長官、私はその心配はないと考えております。ウィルド王国は人外種の戦力が大きいので、それを無力化するだけで彼らは降伏すると考えられます」
「それは君の予想でしかないだろう」
半ばかぶせるように反論された。
ベントは相手が言い終えて、さらに追加の反論がないことを確認してから反論した。
「お言葉を返すようですが、ティリー軍事省長官、ウィルド王国が降伏しないという可能性もあなたの予想でしかありません。そのような確度の低い想像で一方的に大量虐殺をするというのは、仮にこの戦争に正当性を謳える大義名分があったとしても、その範囲を大きく逸脱して倫理にもとる行為です」
会議室が一瞬にして大きくざわついた。広々とした空間の中に少人数しかいないことを忘れるほどに。
とにかくいい空気ではないことは明白だった。
軍事省長官への口答えにとどまらず、この戦争の正当性も否定したのだから、反抗的な人間だとみなされても仕方がない。
ベントとしては単に真っ当な意見を述べただけのつもりなのだが。
ガヤガヤと声はするが誰も意見をよこさないので、ベントは追加で提案をした。
「どうも手段に囚われて目的を見失っているように思えてなりません。目的が果たされることが重要なので、手段は柔軟に選択すべきです。GESを試して駄目だった場合に投核弾を使用すればよいのではありませんか?」
ティリー軍事省長官が腕を組んで唸っていると、フィン・ネイス財務省長官が静かに手を挙げて注意を引いた。
彼女はこの場にいるふたりだけの女性のうちのひとりであり、もうひとりの女性である副大統領よりも高齢である。
「GESを使った場合、無力化した者たちを拘束する場所、そのための人員と費用も必要になります。何より本件は成果を急いでいます。費用を投核弾に回したいのです。個人的な感情で国費を浪費するわけにはいきません」
どうやらこの国の財務省はお金のことしか考えず、ほかの事情を考慮しないらしい。
ベントには言い逃れにしか聞こえなかった。
ベントとて科学省に所属するひとりの人材でしかないのだから、国が倫理を無視して手軽に利益を得たいのであれば、それが我が国の理念だと言い張って命令すればいい。
それなのに彼らは体裁を繕おうとしている。
ベントが何かを言うより先に、今度はファナティス・ファラリオン国務省長官がベントを責めた。
還暦を越えた歳のわりに若く見えるが、年齢相応かそれ以上に頭の固い印象のある男がまくしたてる。
「そもそも我々は戦争の形勢を決定づける戦略兵器の開発を命じていたはずですよ。君の研究は我々の求めるものとは異なります。国費を使うのに、勝手な自己解釈をして突っ走ることは罪にすら値します」
それなら最初に報告が上がったときに止めるべきだったはずだ。
ベントはそれを言おうとしたが、それより先に最年長のトゥーリ・シンド産業省長官がボソッと付け加えた。
「国外追放でいいでしょ。ワシはそれくらいしても妥当だと思うよ」
寛容なベントもさすがに腹を立てた。
さっきまで居眠りしていた老人がしゃしゃり出てきてそれはないだろう。
体力的にも厳しい歳なのだから、この人には早めに退任していただきたい、とさえ思った。
「あ、失礼。しばらく席を外します」
テンペス・リッド大統領が通信端末に視線を落としながら会議室を出ていく。
議会で大統領が不在になってもいいのかとベントが視線で追っていたら、実際にあまりよろしくはないようで、副大統領が総括を始めた。
「それでは本日の議会はこれにて終了します。決定事項等は議事録で確認してください。サイス科学省長官、議事録をお願いしますね。それから投核弾については別途会議をおこないます。ベント・イニオン開発主任の処遇についてもその際に併せて協議します。以上、解散してください」
副大統領が言い終えた瞬間、この場の全員が3秒以内に腰を上げてぞろぞろと出口へ向かった。
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