第7話 世にもくだらないマウント争い

 翌日サフィールの指揮のもと、アルマス山の麓では腕に自身のあるギルドメンバーと兵士達が集っていた。


「これはひどい……」

 町娘が騒ぐほどの爽やかイケメンが揃っていると聞いたのに。

 自分にガセネタを掴ませたのは一体誰なのか……パトリシアはぐるりと見廻し、仁王立ちで激怒していた。


 見渡す限り筋肉粒々……これじゃあユルグ辺境伯領と何も変わらないではないか。


「やだぁ、子供がいるじゃない」


 さらには山奥なのにやたら胸元を強調した美女までいる。


「リネシャもいたのか」

「あらぁサフィール様、御無沙汰しております」


 なにやら因縁の有りそうな二人。

 だが軽く鼻であしらわれているサフィールが気になり、パトリシアは興味津々、イサラから情報を収集する。


「イサラ様、あのお二人は?」

「ああ、昔サフィールが片思いしていた聖女様だ。一目惚れして散々貢がされた挙げ句ゴミのように捨てられ、以降それがトラウマになり彼女すらいないという悲しい過去がある」

「なるほどゴミのように」

「だからあのサフィール様がまさか、と昨夜は本当に驚いて……そ、そのあれから……いや、やっぱり駄目だ女性にこんなことを聞くなんて」


 一体何を聞きたかったのだろうか。

 もにょもにょと口籠もり、イサラは気まずそうに目を逸らした。


「露出の多いあのお姉さんは何をしに?」

「ああ、リネシャ様はサポート役として来てくださった、国内最高峰の聖女様だ」


 姉フレデリカを思い起こさせるに充分なほどの、調子に乗りぶり。

 唯一見るに堪えられるナイスガイは、美女リネシャの連れらしい。


「……もしや聖女はモテるのですか」

「ん、そうだなぁ。男性から一番人気のある職業じゃないかな。何しろ響きがいい」


 元聖女が妻とか、男の夢が詰まってるだろ?


「そういえば職業は決まった? ギルドに登録するのに、職業申請が必要だろ?」

「…………聖女です」

「え、聖女!? うちは自己申告制だから構わないんだけど……回復とか、何かできることはあるのか?」

「脱臼とか治せます」

「脱臼? いやそれなら俺だって直せるけど」

「ならイサラ様も聖女ですね」


 そんなわけあるかと盛り上がる二人の会話を耳にして、「どちらかというとパトリシアは外すほう専門だろ」とサフィールが突っ込みを入れている。


 まぁ外すのもそれなりに得意ですが……。


「困ったお子様ね。聖女の何たるかが、まるで分かっていないようだわ」

新たな聖女と耳にして、プライドMAX国内最高峰の聖女リネシャが乱入してきた。

「初級聖女なんてササクレを治すのに精一杯でしょう?」


 そもそも黒いメガネをして戦えるとででも?

 リネシャが言うには、初級、中級、上級と、聖女のランクがあるらしい。


「中級でやっと突き指を治す程度よ? 勿論わたくしは上級……今日の現場は危険だから、さっさとおうちに帰りなさい」

「へぇ……じゃあ脱臼を治せる私は上級ということですね」

「あらあら、脱臼だなんて可愛いこと。ならばわたくしはそこそこの怪我を治せる上に、魔物討伐にも同行できるから、最上級クラスだわ!」

「奇遇ですねぇ、魔物討伐は私も得意としています。じゃあ私も最上級クラスです」


 女同士の世にもくだらないマウント争い。

 華やかな美貌と抜群のスタイル、さらにはナイスガイが羨ましくて、パトリシアはリネシャの喧嘩を買う気満々だった。


「それではリネシャ様、どちらの聖女がより最上級か、私と勝負をしませんか?」

「ふん、わたくしに勝負を挑むなんて図々しい。構わないわ。貴女の条件で勝負してさしあげるわ!」

「ふふふ……いいでしょう。それでは魔物討伐で勝負です。私が勝った暁には、そこのナイスガイを頂きます。サフィール様、よろしいですね?」

「なにがナイスガイだ、まったく。別に構わんが危ないことをするなよ?」


 不穏な気配にチクリと忠告をするが、パトリシアは悪い顔で笑っている。

 てっきり薬草を集めに来たのだと思っていたイサラは、パトリシアが討伐に参加すると聞き大慌て。


 問題ないとサフィールに押し切られて、心配そうに見守っている。


「それでは私が先行です」


 サフィールが護衛としてパトリシアの背後に続き、一向はアルマス山の獣道を進んでいった。


 険しい道のりにもかかわらず、パトリシアは難なく山を登り、先頭を歩いていく。

 魔物の危険が絶えない場所であることに加え、大型魔獣の目撃報告も相次いでいる。 


 しかし今日に限って、その気配すら感じられなかった。

 普段なら草陰を動き回る小動物が目に入るはずなのに、奇妙なほどに静まりかえっている。


 鳥のさえずりさえ聞こえず、ただ風が草葉を揺らす音だけが時折耳に触れた。


「ねぇ、何か変じゃないかしら?」


 緊張を含んだリネシャの声に、サフィールは周囲に目を配りながら、剣の柄に手を掛ける。


 この静けさが不自然であることに、誰もが気付いていた。




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捨てられ聖女、ぶらり婚約者探しの旅で騎士団長に拾われる 六花きい@夜会で『適当に』ハンカチ発売中 @rikaKey

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