第7話 ゴルフへ行こうぜ!
「ちょっと、待ってろ。ここなら彼女の姿がよくみえるだろう」
その言葉通り僕たちのいる場所から入り口の自動ドア越しに、彼女の姿がハッキリ見える。
「そろそろだ」
そう言ったタイミングで現れたのは、ここの経営者の息子の陸斗くん。
普段からお手伝いをする優しい子だが、それが何だというんだ。
これまで何度も見てきたから、声が聞こえなくても内容はわかる。
『ウミ姉ちゃん、ただいま』
『リクトくん、おかえりなさい。飴食べる?』
『うん、食べる!』
『はい、あーん』
『あーん』
『おいしい?』
『うん、おいしい!』
と、こんな感じだ。
「おまえには、あれがどう見える?」
「えっ? 微笑ましい光景じゃないか」
僕には子煩悩な彼女の姿しか見えていなかったが、彼は違うらしい。
「そうか、まだ曇っているんだな」
「何がだ?」
「いいか、彼女をよく見てみろ」
そう言われても……って、あれ……。
いや、ちょっと、待て。
「まさか……嘘だろう。彼女の目……緊張している? いや、テンパってるのか」
「そうだ。今のお前と同じ目をしていると思わないか?」
なんてことだ。
外から見ると、はっきりわかる。
普段は優し気な彼女の瞳だが、今は少し強張っているとでもいうか……。
「わかったか?」
「彼女は子供が好みなのか?」
「そうだ」
「でも、なんで?」
僕にはそれが疑問だった。
あの容姿を見ればわかる。きっとモテたはずだ。
それなのになぜ、彼女は子供に走ったのか。
他人の趣味嗜好はそれぞれだけど、何か理由があるはずだ。
もし、僕にそれを理解出来たら……。
その未練がましい思いを察してか、熊谷は続ける。
「お前には、彼女の歳がいくつに見える?」
「えっ、幼く見えるけど、働いているんだから二十歳前後だろう」
僕は、初めて会った時のことを思い出し、そう答える。
けれど、彼の態度は困った様子だ。
「いいか、俺と彼女が出会ったのは、今から五年前だ。当時、こことは違うゴルフ練習場で働いていた彼女に俺は出会い、おまえのように告白して玉砕したんだよ」
それは、なんとなく思っていたことだった。
きっと熊谷も彼女のことが好きなんだろうと気づいてはいたが、まさかフラれていたとは驚きだ。
ただ、気になる点がもう一つ。
「五年前って、彼女は何歳って、あれ……働いていた?」
「気づいたか。彼女はその当時からあの姿のままで、全く変わっていないんだ。遺伝らしいが、それが何を意味するか分かるか?」
「僕たちより、年上ってこと?」
「その通り」
「いや、待ってくれ。そんなことが……」
あるのか。
だから、彼女は自分と見た目に差のない子供を選んで……って、だったら僕の出番なんて無いじゃないか。
「おまえ、これを知ってて、なぜ僕をここに誘った」
そう、それが疑問だった。
まるで僕が彼女に惚れることを見越していたかのような、彼の行動。
こうなるってわかっていたのに、僕を誘ったわけ。
それが知りたい。
でも、理由はわかり切ったことだった。
「お前と一緒だよ。俺も彼女の性癖っていうか、それをどうにかしたくてな。これまでに何人か連れて行ったが、ダメだった。
それで、ちょっと頼りなさげのお前なら、彼女の母性がくすぐられるんじゃないかって、考えたのさ」
「なっ」
「すまなかった」
そう言って頭を下げた彼を、僕は責めることができなかった。
あれから一年。
いろいろあったけどゴルフ練習場へ通い続けた僕は、新たに同僚となった人たちを、こう言って誘う。
「なあ、ゴルフへ行こうぜ! 絶対に面白いからさ。後悔はさせないよ」
まあ、僕は後悔したけどね。
おしまい
ゴルフへ行こうぜ! かわなお @naokawa
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