第9話 筋トレと、お道化と。


まあ、そんなこんなで、

俺達の怒涛の調査は終わろうとしていた。


闇の竜の干渉らしき、

怪異は見られたが、

肝心の闇の竜本体は、

見つからず仕舞いだった。


もう少し、

深追いしても良かったが、

俺達は、

少し目立ちすぎた。


運河の街の呪詛が、

俺たちに集まる前に、

早期ログアウトを決意した。


エンディングの花火は見たかったけど、な。

よそ者が水を指すのは、

気が進まなかった。

また次の機会もあるだろう。

今回は見送ることにした。


だから明朝には、

回廊の向こうへ帰りたいと、

白い風船の二人へ伝えた。


葡萄と杏も了承してくれた。



そして、

男部屋へ、戻った。


俺たちは、

衣装を脱いで、

ごく普通の、

シャツとズボン姿に着替えた。


葡萄は、

トレーニングウエアだった。


俺は、

胸が痛かった。


運河の国のカーニバル。

ゴンドラに乗り、

美しい神殿の数々を巡ることだってできたはずだ。

マーケットをひやかして、

杏との仲を深める絶好の機会だっただろう。


同部屋になってたなら、

小窓から、

バルコニーから、

豆茶を片手に、

カーニバルを眺めることだって出来たのだ。



それらの可能性を、

俺が、

潰してしまった。



目をぎゅっと瞑った。


泣くのは無しだ。




だから、



率直にあやまったんだ。

すまない、と。



彼は、

ダンベルをふりふりしながら、





きょとーーーーんとした。




は?!






「仕事中に遊ぶわけがない。」



「金だってかかる。

あいつのご機嫌取り?

そんなことして、後々困らないか?」


「俺は、

そんな浮かれた生活を望まないし、

続けられない。


夢を見せても、

がっかりさせるだけだ。」



キッパリいうのだ。




?!?!




…。

俺には、

葡萄がよくわからなかった。



彼はまともだ。

至ってまともだ。

だが、本当にわからない。



そう言って、

こいつは薄着で筋トレをしているのだ。



嘘だろ。



そっちのほうが、

早晩、破綻するに決まってる。



彼女への【名の扉】のアクセスキーへつながると思えないからだ。




彼のダンベルは、

彼女の【名の扉】の文様を輝かすことと、

何ら、関係ないように思える。



なぜ、

そんな悠長なのだ??




けして、

そんなことはしないが、



あいつが筋トレしてるあいだに、

俺は、

その気になれば、

彼女の鍵を借りられると思う…。


というか、

俺じゃなくて、

第三の男が来るぞ??


そうしたら、

彼の計画は、

かっさらわれて、ぽしゃんだ。

杏は、

気軽に乗り換えるような子じゃない。

急いだほうがいい。


俺には、

葡萄が、

彼女を輝かすお道化に負けて、

傷つき泣く姿が、

まざまざと見えるのだ。



俺は片手で口元を覆った。


うーん。

まあ、

でもなあ。


あいつにはまだ、

背負う準備が足りないのかもな?


俺は、

そんなものに興味ないけど。


アトラスやドーラ、

キリスを見てると、


彼らの生き様がわかる。


葡萄は彼の葡萄棚を、

美しく整えている最中なのだろう。



でもなあ。

整える過程から、

ともに生きれば良くないか…?

招く客がいなくなるぞ。

メッキの客だらけになる。


だって、

彼女たちにも思惑があるんだ。

同じような条件なら、

幼い頃から、

同じ時間をともにした、

心許せる仲間のほうがいい。

経験則じゃない。

三十七の、ありふれた話だ。


それに、

完成品を見せつけられるより、

共に手をかけ心を砕いた葡萄棚のほうが、

より互いの文様を輝かすはずだ。


これも、経験則ではない。

ありふれた話だ。



俺は、

匿名で、

杏宛のファンレターを送っておいた。


昔は字がかけなかったが、

今は美しい文字を書ける。

転生してから、凄く勉強したからだ。


ホテルの売店で、

俺から見て、

一番美しいレターセットと、

ペンとインクを買い求め、

彼女の素敵なところを包み隠さず書いた。


今すぐ君を迎えに行きたい、

その準備はあると。


そして、

葡萄の部屋に、

それをうっかり間違えておいておいた。



あとはどうするかは、

好きにしたらいい。


いずれくる未来を、

早めに報せただけだ。

俺なりの、帳尻合わせだ。




そして、翌朝。


葡萄は、

律儀に、匿名の手紙を杏に渡した。


そして、

俺たちの前で堂々と、


「戻ったら、

俺と昼食へ行くぞ。杏。」



彼女と目を合わさず、

腕を組んだまま、




彼は、

きっぱりと誘ったのだった。



顔はメッキで覆われていたが、

耳は真っ赤になっていた。




杏は、

彼に背中を向けたまま、

固まっていた。




俺とキリスは、

顔を見合わせて、

牙を舐めながら、

にこにこと二人を眺め、

ぎゅうむと頬を寄せ合ったのだった。



(続)

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