第9話 筋トレと、お道化と。
◇
まあ、そんなこんなで、
俺達の怒涛の調査は終わろうとしていた。
闇の竜の干渉らしき、
怪異は見られたが、
肝心の闇の竜本体は、
見つからず仕舞いだった。
もう少し、
深追いしても良かったが、
俺達は、
少し目立ちすぎた。
運河の街の呪詛が、
俺たちに集まる前に、
早期ログアウトを決意した。
エンディングの花火は見たかったけど、な。
よそ者が水を指すのは、
気が進まなかった。
また次の機会もあるだろう。
今回は見送ることにした。
だから明朝には、
回廊の向こうへ帰りたいと、
白い風船の二人へ伝えた。
葡萄と杏も了承してくれた。
◇
そして、
男部屋へ、戻った。
俺たちは、
衣装を脱いで、
ごく普通の、
シャツとズボン姿に着替えた。
葡萄は、
トレーニングウエアだった。
俺は、
胸が痛かった。
運河の国のカーニバル。
ゴンドラに乗り、
美しい神殿の数々を巡ることだってできたはずだ。
マーケットをひやかして、
杏との仲を深める絶好の機会だっただろう。
同部屋になってたなら、
小窓から、
バルコニーから、
豆茶を片手に、
カーニバルを眺めることだって出来たのだ。
それらの可能性を、
俺が、
潰してしまった。
目をぎゅっと瞑った。
泣くのは無しだ。
だから、
率直にあやまったんだ。
すまない、と。
◇
彼は、
ダンベルをふりふりしながら、
きょとーーーーんとした。
は?!
「仕事中に遊ぶわけがない。」
「金だってかかる。
そんなことして、後々困らないか?」
「俺は、
そんな浮かれた生活を望まないし、
続けられない。
夢を見せても、
がっかりさせるだけだ。」
キッパリいうのだ。
?!?!
◇
…。
俺には、
葡萄がよくわからなかった。
彼はまともだ。
至ってまともだ。
だが、本当にわからない。
そう言って、
こいつは薄着で筋トレをしているのだ。
嘘だろ。
そっちのほうが、
早晩、破綻するに決まってる。
彼女への【名の扉】の
彼のダンベルは、
彼女の【名の扉】の文様を輝かすことと、
何ら、関係ないように思える。
なぜ、
そんな悠長なのだ??
けして、
そんなことはしないが、
あいつが筋トレしてるあいだに、
俺は、
その気になれば、
彼女の鍵を借りられると思う…。
というか、
俺じゃなくて、
第三の男が来るぞ??
そうしたら、
彼の計画は、
かっさらわれて、ぽしゃんだ。
杏は、
気軽に乗り換えるような子じゃない。
急いだほうがいい。
俺には、
葡萄が、
彼女を輝かすお道化に負けて、
傷つき泣く姿が、
まざまざと見えるのだ。
◇
俺は片手で口元を覆った。
うーん。
まあ、
でもなあ。
あいつにはまだ、
背負う準備が足りないのかもな?
俺は、
そんなものに興味ないけど。
アトラスやドーラ、
キリスを見てると、
彼らの生き様がわかる。
葡萄は彼の葡萄棚を、
美しく整えている最中なのだろう。
でもなあ。
整える過程から、
ともに生きれば良くないか…?
招く客がいなくなるぞ。
メッキの客だらけになる。
だって、
彼女たちにも思惑があるんだ。
同じような条件なら、
幼い頃から、
同じ時間をともにした、
心許せる仲間のほうがいい。
経験則じゃない。
三十七の、ありふれた話だ。
それに、
完成品を見せつけられるより、
共に手をかけ心を砕いた葡萄棚のほうが、
より互いの文様を輝かすはずだ。
これも、経験則ではない。
ありふれた話だ。
◇
俺は、
匿名で、
杏宛のファンレターを送っておいた。
昔は字がかけなかったが、
今は美しい文字を書ける。
転生してから、凄く勉強したからだ。
ホテルの売店で、
俺から見て、
一番美しいレターセットと、
ペンとインクを買い求め、
彼女の素敵なところを包み隠さず書いた。
今すぐ君を迎えに行きたい、
その準備はあると。
そして、
葡萄の部屋に、
それをうっかり間違えておいておいた。
◇
あとはどうするかは、
好きにしたらいい。
いずれくる未来を、
早めに報せただけだ。
俺なりの、帳尻合わせだ。
◇
そして、翌朝。
葡萄は、
律儀に、匿名の手紙を杏に渡した。
そして、
俺たちの前で堂々と、
「戻ったら、
俺と昼食へ行くぞ。杏。」
彼女と目を合わさず、
腕を組んだまま、
彼は、
きっぱりと誘ったのだった。
顔はメッキで覆われていたが、
耳は真っ赤になっていた。
杏は、
彼に背中を向けたまま、
固まっていた。
俺とキリスは、
顔を見合わせて、
牙を舐めながら、
にこにこと二人を眺め、
ぎゅうむと頬を寄せ合ったのだった。
(続)
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