怪盗は変態紳士の心を盗みたい

@ITUKI_MADOKA

怪盗は変態紳士の心を盗みたい(三題噺 夜風・泥棒・日記)

ある夜、その日はいつもより寝つきが良くなかった。

そのおかげで気づけたのかもしれない。自室の窓が開き、夜風が頬を撫でていることを。

その異常気づいた俺はすぐに体を起こした。窓がある方向に顔を向けると、それはいた。

夜目が利く方でではないためよく目を凝らさないと見えないが、シルエットはおそらく女性だ。


目が慣れてくるとその姿がはっきりと見えてきた。

窓際に座る女性だ。髪は肩のあたりで揃えられており、スポーティやボーイッシュというよりも清廉さを感じられる。

身体のラインは細く、だが足の太さを見ると健康的な肉体だと思わせるほどであった。

肝心の顔だが、なにか仮面のようなものをしており、目元は見えない。

鼻筋は高く、唇はぽってりとして、月光が反射し輝いているように見えた。

美しい、そう思ってしまった。

だが、彼女が何者かはまだ知らない。ここは家主としての威厳を見せなくてはと、彼女に向けて声をかけた。


「誰だ!」


おっと、思っていたよりも大きな声を出してしまった。彼女も突然の声に体をびくりと震わせた。

女性であっても相手が強盗であればここで襲われるかもしれない。

ましてやこちらは寝起きだ。武器も何もないため、自然と体を震えていたが、対する相手の反応は意外なものであった。


「おや、起こしてしまったかな?すまない、いつもは起きないから油断していた……あぁ、ごめん!怖がらせちゃったよね!大丈夫、安心して!何も君を襲うなんて思ってないから!……ね?」


彼女は捲し立てるように自分は安全安心な存在であると証明しようとした。

声は意外にも高く、鈴を転がすような綺麗な声であった。そして、彼女は続けて話した。


「いや〜ほんとびっくりしたよ。急に起きるんだから。薬の量が足りなかったかな……まぁいいか、また調節しよう」


何か恐ろしいことを言っていた気がするが、まだ寝起きで頭が回らない。


「お前……泥棒か?こんな家にはなんもないだろ。てか、何回か入ってるのか?そんな何回も来るほど珍しいものもないはずだが……何が目的だ?金か?」


「あ〜いや、泥棒じゃ……でもそれっぽいことしちゃったし……ここはそれで済ますか……ああそうさ!僕は怪盗さ!君の心を盗みにきた!どうだい?かっこいいだろ?」


「そうか、じゃあ不法侵入で警察呼ぶな」


「ちょ〜っと待った!冗談だ!冗談だよぉ!お互いに大事にはしたくないだろ?な?僕も捕まりたくないし!僕たちの仲だろ?もぉほんとに君は気が早いんだからぁ!……そういうところも変わってないんだねぇ」


また彼女は早口でそう捲し立てた。しかし、今回は何か気になる文言を言っていたことを俺は聞き逃さなかった。


「僕たちの仲って……俺とお前、会ったことあるのか?お前みたいな不審者と仲良くなった覚えはないが……」


「ぎくぅ!な、何のことかなぁ!僕は何回も君の部屋に入ったけど、君に会うのは初めてさぁ!でも……覚えてもらえてないのは、ちょっと悲しいなぁ……」


「ぎくぅって言うやつ初めて見た……というかお前、何が目当てで何回もここに来てるんだ?金じゃないなら……何も思いつかないな、どうせ珍しいものじゃないだろ、やるよ。そんで、もうこの家に来るな。」


「えぇ!やだ!まだ君のこと知れてないのに!まだこれを読んでたいよ!」


そう言って彼女は手に持っている本を突き出した。それは俺がいつも書いている日記だった。


「お前……なんでそれ持ってんだ!それは鍵付きの引き出しに入れてたはず……!てか、読んだのか!?それを!?」


「ふっ!怪盗を舐めてもらっては困るよ……こんな簡素な鍵、僕の前では朝飯前さ!」


「そうか、やっぱり警察呼ぶな。こんな時間に呼ぶなんて、本当に申し訳ないよ」


「待って待って!呼ばないでヨォ!」


目元は見えないが悲しそうな表情をしているのが声でわかる。ここまでくると悪いやつでは無い気がしてきた。


しかし、すぐに何かに気づいたのか、彼女は得意げな声でこう言った。


「そうだ……!君、この日記の内容、誰かに知られたら困るんじゃないのか?だってこれの中身は……ねぇ?」


まずい、やっと頭が回ってきたから、その日記を読まれた重大さに気づけていなかった。


「この日記、すごいよねぇ!なんてったって、とある女性のことについて書かれているんだもん!僕もびっくりしちゃったよ。え〜と、なになに?『あぁ、今日も君は美しい!その髪も瞳も肢体も食べてしまいたいくらい愛しい!』だって!は〜おもしろ!」


「おいやめろ!勝手に読み上げるな!」


「こっちは〜?『君を見ているだけで心が苦しい、この痛みを君と共有したい。どこまで一緒にいてくれハニー!』だって、恋人じゃ無いのにハニーだってさぁ!」


「やめろ!彼女への愛をバカにするな!」


つい頭に血が上り、怪盗の手首を掴んでしまった。相手が武器を持っているかも知れないという考えは消え去っていた。

彼女への愛をバカにされたのが許せなかったのだ。


「キャッ!」


その勢いで俺と怪盗は体勢を崩し、床に倒れた。その際に、怪盗が顔に着けていた仮面が剥がれた。我が家に忍び込んだ無礼者の顔を拝んでやろうとよく見るとその顔には覚えがあった。いや、忘れるはずがない。


「き、君はっ!」


「あはっ……バレちゃったね……」


「なんでここに君がいるんだ!」


そこにあった顔は、いつも俺が日記に愛を書いていたその人であった。


「いつも私のこと見てくれてたの……知ってたよ?てゆうか、気づかないわけないよ、バレバレ」


「なんで……てか、日記も……」


「うん、読んだ。びっくりしたよ、だって四冊くらいあるんだもん」


「……実はあと六冊あるって言ったら、引く?」


「えまじ?……ううん、びっくりしたけど引かないよ。私だって君の部屋にこうやって入っちゃってるし」


「いや引いてるじゃん……でも、そういえば、そうだな……ははっ」


「ふふっ!」


「「あははっははは」」


そうやって二人でひとしきり笑うと少し冷静になり、自分が書いていた日記をその相手に読まれたことに気づき、顔が爆発しそうなほど紅潮した。


「あははっ顔真っ赤になっちゃって!そんなとこもかわいい……」


「や、やめてくれよ……てか、なんでこんなところに忍び込んだんだ?」


「あ〜……まぁ詳しくは言えないんだけど、修行、みたいな?」


「修行……?まさか、本当に怪盗なのか!?」


「詳しくは言えないって言ったでしょ?乙女には秘密があるのです!」


「そ、そうか……で?なんで修行でここ?」


「そ、それは……好きな相手の家にバレずに忍び込むって試験みたいなものがあって……それで……」


「それで、俺の家に!?」


「うん……」


彼女は顔を赤く染まっていく。かわいい。


「でも、バレちゃった……これじゃ怪盗失格だね!」


「ふっ……そうだな。なら、次はバレないようにしてくれよ?」


「え?また。来てもいいの?」


「ああ、てか、普通に玄関から入ってきて欲しいんだけど……」


「それは恥ずかしいからむり〜!」


窓から入ってきておいて玄関から入るのが恥ずかしいのはなぜだ?


「まぁいいや、でもいつか来てくれよ!」


「……うん!」


それから二人で少し話し、夜もさらに深くなった頃


「あ、もうこんな時間!帰らなきゃ!」


「そうか、じゃあ……また駅で」


「うん、夜にも来るね!あ、起きてちゃだめだよ?恥ずかしいから」


「なんでだよ」


「じゃあ、これからもよろしくね!おやすみなさい」


「おう!おやすみ」


そして、彼女は夜の闇に消えていった。最初はどうなるかと思ったが、まさか愛する彼女だったとは……退屈な夜が少し楽しみになった。


「って、あーーー!連絡先聞くの忘れてた!てか名前すらも聞いてない!」


彼らの不思議な関係は、まだ始まったばかりである

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