第24話 反乱の果て

 薄暗いガレリア鉱山の坑道で、重い鉄の扉が閉じる音が響いた。毎月定例の政府への鉄の受け渡しが終わり、役人たちはジンの言葉通り、すぐに帰っていった。


「反乱の時が来たな」


 ローガはシンたちの前で声を上げた。彼は落ち着いた表情で、計画の最終確認を始める。


「足枷の鍵は全ての囚人房に配り終えた」

「今ではほとんどの囚人が反乱に賛成している。それも全てシンの力だ」


 素っ気なく報告するシンに対し、アダムがその多大な功績を伝えようと、慌てて付け加えた。彼の黒い肌は、囚房の薄暗さに紛れていたが、その瞳にはシンへの強い忠誠心が溢れていた。


「脱出用の隠し通路には人の配置を手配済みだ。守備兵を一人も逃さない」


 チャーリー・ハンホーが冷静に報告した。


「武器庫の位置も確認済み。鍵も既に盗み出したから、反乱と同時に武器庫を押さえる」


 モーガンは自信満々に言った。銃の名手でもある彼は、すでに小銃を一丁、房に持ち運んでいた。


「囚人の大多数を率いて、守備兵を制圧する主力部隊を担う。指揮系統も確立している」


 マットは元軍人だけあって、今度の反乱の主力を担う。ローガもマットの指揮能力と個人戦闘力には、絶大な信頼をおいていた。


「我々は後方に待機し、不測の事態に対応する」


 ローガは片目を瞑って笑いながら言った。


「まあ、必要ないだろうがな」


 ジンがシンの顔を見て、感慨深げに言った。


「全てはお前さんがいてくれたおかげじゃ。あらゆる面で、お前さん抜きにはここまで準備できなかった」

「まだ終わっていませんよ。これから我々は自由になるんです」


 シンは既にやりきった感のあるジンに、少しだけ不安を感じた。


 反乱は予定通り一時間後に始まった。各自が報告通りの持ち場に急ぎ足で向かう。油断しきっていた守備兵は、ほとんど抵抗することなくマットの部隊に制圧された。


「何人かの守備兵が武器庫に向かったが、モーガンたちに取り押さえられた」

「よし、全て計画通りだ」


 ローガは安心した表情で言った。そして、隠し通路に向かって逃げたドニーとジャンは、ハンホーたちによって捕らえられ、ローガの前に引き立てられた。


 ジャンは恐怖で震えながら、命乞いを始めた。


「命だけは助けてくれ!ドニーに脅されてしかたなく身体を差し出したんだ。私の身体はあなたのものだ」


 ローガは汚物を見るような目で、冷たく彼を見下ろした。


「多くの囚人を戯れに殺したお前が、命乞いをするとはな」


 ローガの剣が一閃し、ジャンの首がポロリと地に落ちた。


 ドニーは意外と落ち着いていた。


「反乱の後どうする気だ?来月鉄鉱石の受取人が来ればすぐにバレるぞ」


 ジンは静かに答えた。


「かまわぬ。我々はここに独立する。しばらくは受取人を騙し続けるがな」


 ドニーは苦笑いを浮かべた。そして、堂々とした態度で提案した。


「俺を仲間にしてくれ。もう役人の仕事にはうんざりしていたところだ。俺が役人を欺くのを手伝えば、お前たちの計画はかなり余裕が出るだろう」


 ローガたちは、ドニーの言葉を聞いて、目を見開いて激怒した。


「お前はジャンが多くの囚人たちを戯れで殺すのを見て見ぬフリをした。しかも、守備兵を減らして、ここの運営費を懐に入れてきた。どうしたらお前を信じられる」


 ローガの厳しい追及に対し、ドニーは少しも怯んだ様子はなく反論した。


「まあ、好きにしろ。だが、感情に流されると判断を誤るぞ」


 ローガが剣を抜こうとした瞬間、シンが手を振って制止した。


「待ってください。この人は命を助かりたくて、嘘を言ってるわけではありません。むしろ俺たちの企てに好意すら感じている。ドニーさん、あなたは現在の政府に対して、あまりいい感情を持ってないのではないですか?」


 シンがそう聞くと、ドニーは笑いを消してまじめな顔に成った。


「俺はこれでも、学問だけはしっかりやってきた。貧しい家に生まれた俺には、役人として生きるしかないからな。でも現実は違った。見ろこの顔を。腐った貴族どもは、不細工な顔を嫌って、俺をこんなところに送り込んだんだ」


 ドニーの顔には、貴族社会への不満が溢れていた。


「しかしお前はそんな社会を変えようとした者たちを見殺しにした」

「お前の怒りは分かるよ、ローガ。それについては俺も言い逃れはしない。だが、ジャンの暴走を除けば、俺は不当にお前たちを扱ったりしなかっただろう」


 ローガは言葉に詰まった。すると、普段あまり話さないハリーが口を挟んだ。


「私からもお願いします。これから五百人もの人間の暮らしを、考えなければならないのです。しかしこの点ではローガさんやマットさんは役に立たない。私はどうしてもそれを手伝ってくれる人間が欲しい」

「しかたないじゃろう。ローガお主が折れろ」


 ジンにまで言われて、ローガはしぶしぶ納得した。


「それでじゃ。わしからお主たちに提案がある」


 改まった様子で話すジンの様子に、ローガたちの間に軽い緊張が走った。


「この山の棟梁のことじゃ」

「それはあんたでいいだろう。俺たちは誰も異存はない」


 ローガが何を今更というていで返すと、ジンはゆっくりと首を左右に振った。


「わしではダメじゃ。ローガ、お主たちは今後、貴族社会の打破を目指して生きるのじゃろう」

「そのつもりだ」


 ローガが即答すると、他の者も異論ないとばかりに頷いた。


「それはここにどの国にも属さない国を創るということじゃ。ここが国と言うことに成ると、そこの棟梁は国王じゃ。わしでは王には成れぬ」

「じゃあ、誰なら成れると言うんだ。俺は無理だぞ。俺は世界一気儘な男、ローガ・メルボだ」

「分かっておる。お主は純粋に戦士じゃ。わしはシンを新たな王にと推薦する」


 突然の指名に、それまで成り行きを見ていたシンは、ぎょっとした。


「ちょっと、待ってください。俺ですか? まだ二一ですよ」

「年は関係無いじゃろう。十代の王などたくさんおる」

「でも所詮は鍛冶師だし」


 自分を否定するシンに対し、ジンは諭すような表情で言った。


「職業など関係ない。王に必要なものをお主はちゃんと持っておる」

「それは何ですか」

「魅力じゃ。お主は立ち上がることを諦めた者たちを、ちゃんと立たせた。それはわしにはできぬ。人の感情を理解でき頭もいい」

「ネイチャーフォースも化け物級だ。シンの身体の中にあるプリウスは無尽蔵の上、消費効率もいいから、クラスはおそらくサンクトゥリアム級に匹敵する」

「サンクトゥリアムだと! それは神の領域じゃねぇか」


 チャーリーが発したサンクトゥリウムという言葉に、ローガは激しく反応した。帝国軍を眺めても、サンクトゥリウム級どころか、ドラコニス級さえ数人しかいない。


「間違いない。シンのポテスタスは百万ポスを超えている」

「そういうのが、人を惹きつけるのかもな」


 ローガ妙に納得した顔に成った。


「誰か、意義のある者はおるか?」


 その場にジンの言葉が響き渡った。誰も反対しない中で、シンもいたずらに拒否できない雰囲気に成った。


「では、シンをこの山の棟梁とする」


 ジンが高らかに宣言すると、その場の者はみな「オー」と歓声をあげた。

 ついに総勢五百人の国がガレリア山に誕生した。

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